日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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殴られたから殴り返す?
昨日のちきりんさんのツイートに
「人間は問題が存在しないと工夫もしないし、創造的なアイデアを必死で考えたりもできない。制限条件こそが、創造性の母になる。」

「イノベーションは技術があるから起こるんじゃなくて、制約条件があるから、それを克服するために、今までの延長線上とは異なる発想が求められることによって起こるんだよね。」
というものがありました。


先日私のいる業界で主に若手が研鑽を積もうという業界団体を設立させていただきました。
しかしその設立にいたるまで、様々な困難がありました。
会員集めから設立にいたるまで(そして設立してからも)、業界の偉い方たち(超高齢)に散々反対され、数年にわたり阻まれたのでした。

「若手が研鑽を積むような場を作りたい」
このことになぜ反対する必要があるのか、その方たちの内在的論理をぜひ知りたいと思いますが聞けてません。


そしてつい先日もその業界団体から「うちはおたくとは連携しない、勝手にどうぞ」という連絡がきました。
ここ数年にわたる、イジメのようなこの仕打ちに、ずーっと憤りを抱えています。

しかし、「目には目を、歯には歯を」のような「殴られたから殴り返す」ということをしてしまえば、それはそれでおしまい。
(そうしたい欲求には常に駆られてますけど)

今回の「勝手にどうぞ」と言われることも想定していたので、(怒りに打ち震えながらも)次の手を打つところでした。

そんなとき、上記の言葉がありました。
たしかにそうだなと思います。何も制約がなければここまでいろいろなことを考え、試行錯誤する必要はなかったと思います。
これもまた自分の肥やしになり、逆に応援してくれる人も全国にはたくさんできました。

まだ現実には何も解決してませんが、正攻法、搦め手を使いながら、連携できるようにがんばりたいと思います。
そこで起きた成果を、後から考えたらイノベーションだったと言われる日がくるのかもしれませんしね・・・。
「雪を降らせてしまってすみません」
小宮一慶著「社長の教科書」のなかに、経営コンサルタント一倉定さんの言葉が出てきます。
「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのもすべて社長の責任である」
自分が知らないことでも自分の範疇を超えたことでも、社長は会社で起きたことのすべてに責任を負っているという趣旨の言葉です。

先日関東地方のある研修会に参加しました。
その日は雪予報で雪がちらちら舞う天候でした。

その研修会を主催する法人の理事長さんから開口一番「雪を降らせてしまってすみません」という言葉がありました。

天候はどう考えてもコントロールのしようがないこと、どんな努力や準備をしようがなすすべはありません。
しかし、その研修を主催する者として、このような天候になり、足元が悪いなかで来させてしまうことに責任を感じるということなんだと思います。

そこで上記の言葉を思い出しました。

自分の範ちゅうを超えたことでも、この研修会すべてに責任を負っているというその姿勢に、組織のトップのあるべき姿を見たように思います。
そしてこういう方がトップとしている法人の職員さんは幸せだろうなとも思いました。

私自身もそうあるべき、そうありたいと思います。

心から喜び溢れることを
自分がいまいる業界の業界団体のことでここ数年、取り組んできたことが実を結びそうだ。

業界全体のことを考えて取り組んできたことではあったが、ここまで反対され難航するとは思わなかった。

組織であれば、利害や政治などいろいろなことが絡んでくる。
ある意味社長やオーナーなど絶対的な存在がいる組織のほうがわかりやすい。

また大抵の人間は現状に不満をもっているにもかかわらず、いざ変わろうとすると恐れる。
そして何も変えられない人がほとんどだ。

そういう人たちをたくさん見てきた。

そして私自身ことでは、目的を達するために、安っぽい自尊心や自負心みたいなものほど邪魔なものはなかった。
逆にそういうものがいかに目的を達するために邪魔なものであるかも知った。

下に見られたりされること、あなどられることがいかに物事をスムーズにいかせるか、また目的を達するためにはそんなふうに思われることなどどうでもいいことだと吹っ切れた。
本当の誇りとかプライドというものが何か学べたように思う。

そういう意味では貴重な経験をさせてもらった。

だけど、今回のような政治的なことに喜びや楽しさを感じることはなかったな。
まわりがいくら期待してくれても、あと賞賛してくれても、やはり自分の心の深いところから湧き上がる楽しさや喜びがなければ長続きしない。

これからも様々なしがらみから逃れることはできないが、
来年はもう少し心から喜びや楽しさが溢れることに集中しようと思う。
目的か手段か
何かやろうとしているときに、それは目的なのか、その先にあることを実現する手段なのかを明確にしたいと思います。

例えば、結婚することが目的なのか、それとも手段なのか・・・
会社にとって売り上げを上げることは目的であるのか、何かの手段であるのか・・・などなどなど

自分がこうしたいと思ってそれにまい進しているときって、そこがとても曖昧になります。
思いを実現させることしか見えなくなりますから。

もっといえば、今やろうとしていることは自分の人生とどうつながってくるのか。
自分はどう生きたいのかともつながってきます。

「オレが今やっていることって、なんのためだっけ?」という問いはけっこう大切だな~
そんなことを考える今日の出来事でした。
蹴り
週一で通っている空手。

去年の年末くらいに新しく入ってきた男子高校生。
参加し始めた当初は初々しい感じで練習してました。

ところが最近、ミット練習にてその子の蹴りを受けてみたら、ものすごい蹴り!
スピードも威力もすさまじい。

めちゃくちゃうまくなってる・・・と思ったのと同時に、偉いなぁとも思います。
ちゃんと練習してきたこと、そしてそうやって積み重ねてきたことがちゃんと形になってました。
もっともっとうまくなりたい、強くなりたいという気持ちが今も勝っていますが、継続してきたことはちゃんと身になってて。

ちょっとずつ積み重ねてきたものがとんでもない差になっているのを目の当たりにして、自分もそうなんだよなと振り返ることができました。
何事も一朝一夕には成りませんものねぇ。

あの蹴り!いい勉強になりました。




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