日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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他人の人生を生きない
自分が心から尊敬する人、憧れる人がいるのは素晴らしい。
私もそんな人はたくさんいます。

だけどその人の価値観、その人の信条まですべて受け入れる、捧げる必要はないと思うのです。

すべて受け入れるということは、自分が決めねばならないことを他人にゆだねているのと同じこと。

それはその人自身の人生ではなく、単なるコピー、真似事の人生。
最近まわりで他人の人生を生きているんじゃない?と思う人がたくさんいます。
(それはそれでもちろん本人の自由ですけど)

受け売りの言葉や価値観を話されても、自分自身で辿り着いた答えでなければ説得力もない。
見る人が見れば、聞く人が聞けば、すぐにわかります。言葉がまったく響いてこない。

やはり尊敬は尊敬として、憧れは憧れとしてもちつつ、私はちゃんと自分なりの答えを見つける人生を選びたい。

価値観や信条は自分で磨き築き上げていかねばならないもの。
そしてそれはいろいろな迷いや模索のなかで考え抜いて考え抜いて見つかるものだと思っています。

そういう経験に裏打ちされた信条は揺るぎない自信につながります。
結局そういうことでしか自信もつきませんし、説得力を伴う言葉の重みも得られません。


私も含めて人の心は弱いものだとつくづく思います。
誰かに頼りたい、寂しい・・・ごく当然の感情で、私自身もそういう心情となることはすごくよくわかります。

そういう心情には、物事を断定的にいう人や、声の大きい人がとても素晴らしく見え、依存してしまうのもわかります。
ですが、自分が考えるべきことや決めるべきことを、(尊敬するとはいえ)他人にゆだねたり、放棄するべきではないし、私はしたくないと思っています。

一時の慰めとなっても、それが自分を輝かせることにはなりません。
それは与えられたものであり、自らの力で手に入れたものではないですから。

懊悩しながら、蒙昧しながら、自分の信じる道を少しずつでも進んでいる人のほうが輝いてるなと思うのです。
結局輝きとは内側からしか発しないものなんでしょう。


今日のブログは、私はそういう道を選ばないって話でした。
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