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気概
今、梅原猛著「葬られた王朝-古代出雲の謎をとく-」という本を読んでいます。
葬られた王朝: 古代出雲の謎を解く (新潮文庫)葬られた王朝: 古代出雲の謎を解く (新潮文庫)
(2012/10/29)
梅原 猛

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そのなかで、この著作に対する素晴らしい気概に満ちた、私も揺さぶられる文章があったので、ここに備忘も含めて書きたいと思います。(内容とは関係ありません)

「しかし、私は、昔から通説を根本的に覆す論を展開してきた。『隠された十字架』における法隆寺を聖徳太子一家の怨霊鎮魂の寺とする説、『水底の歌』における柿本人麻呂を流罪刑死の人とする説など、何百年の間真理として伝えられてきた説を覆す新設を私は立ててきた。それらの説に対して誹謗、中傷、冷笑、黙殺こそ続いたが、首尾一貫した私の説には根本的に異議を唱える学者はいなかった。今、それらはほぼ定説になりかけているように思える。若き日、このような思想の冒険を行った齢八十四を超えて、あえて今まで多くの学者が信じてきた通説を批判し、新説を唱えることに何を恐れることがあろう。私が恐れるのは通説に安住することであり、真理を語って孤独になることではない。私の人生は残り少ない。残された人生において私は真理を語りたいのである。世間の評価など、何を恐れることがあろう。私はこの論文でそのような思想の冒険を行おうとしている」

学生時代、『隠された十字架』を読んだとき、とても衝撃を受けたことを覚えています。
なんと挑戦的な論文なんだろうと。しかし、一つ一つの事実(根拠)を積み重ねていく論理にも感動しました。

この著作でも、これまでの通説といわれることに真っ向から自説を展開しています。
(こんな挑戦的な論文を書くところが、この著者を好きな理由だったりします)

どんなことでも何かを成そうと思えば、最終的に試されるのはその気概。
逆にいえば、それだけの気概を持っているかいないかで、その成否を分けることになるのでしょう。

この気概、私も見習いたいですね。
というか、その気概だけなら負けてないかもしれません。

あとは行動ですね。行動だけですね。
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