日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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傷つけられることも、救われることも
人が何かをやろうとすれば、そこに賛同してくれる方と反対する方がでてきます。

たぶんそれは何をやってもそうでしょう。
様々な価値観や利害、人間関係も絡んでくるでしょう。

そして賛同してくれる人が多ければとても嬉しくなりますし、逆に反対する人が多ければなかなかつらい気持ちになったりします。

そんな煩わしすぎる人間関係や仕事から解放されたいと願っても、一人で何か成すことや生きていくことはできません。

結局、人に傷つけられることもありますが、救われることもまた人からですね。


今たくさんの方とお会いして、いろいろ賛否両論をいただいています。
ほとんど“否”ですけども・・・。
いろいろ言われることも、それだけチャレンジしてるってことだろうと思い込もう。
そう結論づけて自分を鼓舞していこうと思います。
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表札
学生時代、詩集を読むことにハマったことがありました。
当時、池袋リブロにあった詩専門書店「ぽえむぱろうる」によく通っていました。
あ~懐かしい・・・

そこでたくさんの言葉や感受性に出会ったように思います。

そしてときどき、自分がいろいろな気持ちにとらわれているときに、そのとき読んだ詩をふと思い出すときがあります。
そのときの気持ちに合った詩がふと思い出されます。
不思議なんですがね・・・

先日もそうやって思い出す詩がありました。
それが石垣りんさんの「表札」という詩。

表札     

     自分の住むところには
     自分で表札を出すにかぎる。

     自分の寝泊りする場所に
     他人がかけてくれる表札は
     いつもろくなことはない。

     病院へ入院したら
     病室の名札には石垣りん様と
     様が付いた。

     旅館に泊まつても
     部屋の外に名前は出ないが
     やがて焼場の鑵(かま)にはいると
     とじた扉の上に
     石垣りん殿と札が下がるだろう
     そのとき私はこばめるか?

     様も
     殿も
     付いてはいけない、

     自分の住む所には
     自分の手で表札をかけるに限る。

     精神の在り場所も
     ハタから表札をかけられてはならない
     石垣りん
     それでよい。


なぜこの詩を思い出したのか、なんとなくわかる気がします。
今の私に、この詩はとてつもなく響いてきます。

やはり私は私でしかないのですよね。

この詩を思い出しながら、強くなくとも凛とせねばと思ったのでした。




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