日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

同じところにとどまらない
仕事でも人生でも、難しい決断を迫られたとき、ものすごく悩みますが一度こうすると決めたらそこにとどまることなく、その決断で起こる様々な影響(良いも悪いも)もひっくるめて、前に進まねばならないと思っています。


社員たちと面談をしていて、「仕事での悩みや不安はありますか」と聞くと、すべての方が「ある」と言います。
続いて「今の悩みや不安は、一年前と同じですか」と聞くと、大抵の方は「いいえ、違います」と答えてくれます。

これを私は成長だと思っています。

悩みや不安は尽きなくとも、その中身は全然違うものになっている。

同じところにとどまらず、前を進んでいるからこそ、悩みは尽きないけれども、悩みの中身もどんどん変化している。
前へ進んだ社員たちは「(一年前は)なんであんなことで悩んでいたんだろ」と言います。そのあとに「今のほうがもっときつい」とも続きますけど・・・。

悩みがなくなる、解消するということをみんな求めますが、仕事してたら、そもそも生きていたらそんなことあるはずもなく。
仕事のステップがあり、人生もステップがあります。だから悩みの質や中身はどんどん変わっていく。

ある意味悩みがなくなるということはある意味ずっと同じ場所にとどまっているのと同じこと。
悩みがない分、成長もないでしょう。

先日、友人からのメールに、ずっと前に悩んでいることと(状況は違うけれども)同じ悩みが書かれていました。
「あ~この人はずっと同じところにとどまっているんだな」と思います。
そこから前へ進まなければ、その悩みに真から向き合わなければ、そりゃ何も変わらないでしょう。

その方には以前もいろいろとお話を聞いたり、話したりすることがあるので、これ以上私は何もできません。
そもそもそういうことに延々とお付き合いしたくないなと思います。

五里霧中のなかにあっても、前へ進む、決める、そんな社員たちでいてもらいたいし、私もそうでありたいなと思っています。
スポンサーサイト
他人の人生を生きない
自分が心から尊敬する人、憧れる人がいるのは素晴らしい。
私もそんな人はたくさんいます。

だけどその人の価値観、その人の信条まですべて受け入れる、捧げる必要はないと思うのです。

すべて受け入れるということは、自分が決めねばならないことを他人にゆだねているのと同じこと。

それはその人自身の人生ではなく、単なるコピー、真似事の人生。
最近まわりで他人の人生を生きているんじゃない?と思う人がたくさんいます。
(それはそれでもちろん本人の自由ですけど)

受け売りの言葉や価値観を話されても、自分自身で辿り着いた答えでなければ説得力もない。
見る人が見れば、聞く人が聞けば、すぐにわかります。言葉がまったく響いてこない。

やはり尊敬は尊敬として、憧れは憧れとしてもちつつ、私はちゃんと自分なりの答えを見つける人生を選びたい。

価値観や信条は自分で磨き築き上げていかねばならないもの。
そしてそれはいろいろな迷いや模索のなかで考え抜いて考え抜いて見つかるものだと思っています。

そういう経験に裏打ちされた信条は揺るぎない自信につながります。
結局そういうことでしか自信もつきませんし、説得力を伴う言葉の重みも得られません。


私も含めて人の心は弱いものだとつくづく思います。
誰かに頼りたい、寂しい・・・ごく当然の感情で、私自身もそういう心情となることはすごくよくわかります。

そういう心情には、物事を断定的にいう人や、声の大きい人がとても素晴らしく見え、依存してしまうのもわかります。
ですが、自分が考えるべきことや決めるべきことを、(尊敬するとはいえ)他人にゆだねたり、放棄するべきではないし、私はしたくないと思っています。

一時の慰めとなっても、それが自分を輝かせることにはなりません。
それは与えられたものであり、自らの力で手に入れたものではないですから。

懊悩しながら、蒙昧しながら、自分の信じる道を少しずつでも進んでいる人のほうが輝いてるなと思うのです。
結局輝きとは内側からしか発しないものなんでしょう。


今日のブログは、私はそういう道を選ばないって話でした。
つながっている つながっていく
自分が父や祖父から受け継いだものがたくさんあります。
有形なものから無形なものまで。

受け継ぐという直接的なものだけではなく、「影響」を受けることもあります。
もうだいぶ昔の人のことでも、何かの縁で関係のあるずっと後の世代の人がその影響を受けることがあります。
いい意味でも悪い意味でも。

昨日のブログに書いた友人と話をしながら気づきました。
いろいろなことが、ものすごくつながっているのだなと。
もしくはつながっていくものだと。

私が何かやることでたくさん影響を受ける方がたくさんいるのでしょう。
しかも今ここで私と直接関係している人たち以外の未来にもその影響が及んでいきます。

願わくば関係する人たちにとって未来のその影響が良いものでありますようにと思いますが、それは今ここで私が何をするかにかかっているのだろうなと思います。

「つながっている」という言葉の意味がもう少し深くなることができました。
インナーボイス
仕事柄なのか、いろいろな方たちとお会いしたり、いろいろな場面に遭遇したりします。

それを見ていて、とても違和感を感じたり、なんともいえない脱力感に浸ることもたくさんあります。

先日もそんなことがありました。
業界でも有名な経営者の方たちとお会いしました。
(お会いしたというか、かち合わせたというか・・・)
あまりのスケールの違いやまとっているオーラにやられ、すっかり“あてられて”しまいました。

ですがその翌日、タイミングよく会えるとなった、とても尊敬している友人から素晴らしい言葉を聞くことができました。

「そういう経験はぶれない自分、揺るがない自分を作るためには必要なこと。
いろいろな人たちに会って、いろいろな目に遭って、ぶれない自分を作り上げていくもの」

自分がどこに喜びを感じるか、生きがいを感じるかは、それと正反対の出来事や人にあわなければ気づかないことかもしれません。

違和感や動揺もまた、普段気づかない自分の「内なる声」(インナーボイス)なのかもしれないなと思います。

そういう「内なる声」をたくさん感じながら、たくさんの人に会い、たくさんのことにチャレンジしていきたいと心新たにできました。

急なお誘いにもかかわらず、会ってくださり、こんな素晴らしいことを教えてくれました。
そしてなによりとても楽しい夕食の時間を共に過ごせたことに心から感謝したいと思います。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。