日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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振り返ってみて
年末、来年の目標というのを立てます。

2013年の目標は「全部受け入れる器、ぶれない自分を醸成せよ」でした。
そのほかに「経営・仕事」「貯金・投資」「運動・体調管理」「勉強」のセグメントに分けて具体的に、さらに数値目標をそれぞれ8つくらい立てます。

今日それを振り返ってました。
大きな目標は抽象的なものなので測ることはできませんが、私なりにちゃんと受け入れてきたと思います。

そしてちゃんと数字で出るもの、なかでも絶対やる!としたものはおおむね達成できたと思います。
収入も利益も過去最高ペースで第三四半期まで推移していますし、新たな人材が育ち始めていることも、特に新事業についてその道筋を必ずつけるという目標に対して、きっちりと道筋がついたことが何よりありがたいことです。

さて、来年は何を目標にしようかと考え中です。
といっても仕事でやるべきことは決まっているのですがね。

さらに今年の年初の初詣に引いたおみくじも見返していました。
なるほどな~その通りの年だな~とすごく思います。

いろいろなことを振り返ってみて、来年もまた一日一日を積み上げていこうと思います。

今年も一年このような更新もままならないブログを読んでくださり本当にありがとうございました。
皆様にとって来年もさらなる充実した年であることを願っております。
来年もどうかよろしくお願い致します。

よいお年をお迎えください。
重ね重ね、ありがとうございました。
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情と理
「情と理-後藤田正晴回顧録」という後藤田正晴さんの自伝があります。
戦前、旧内務省の官僚であった時代を「理」として、その後政治家となった時代を「情」という言葉で象徴していました。

この本の内容とは関係ありませんが、最近、仕事をしていてこの「情と理」という言葉を意識することがありました。


仕事を依頼した方が思ったような成果を上げられなければ、辞めてもらったり、交代してもらうことはよくあることでしょう。
それはプロとして仕事をしている以上、当然のこと。

つい先日、ある大きな仕事の依頼をキャンセルした方がいました。
期間も一年ほどにわたり、さらに支払う報酬もとても大きな仕事でした。
一度依頼をしたのですが、結局お断りすることにしました。

しかし、そういう決断にいろいろな情が常につきまといます。
一緒に仕事をしていくなかで、理屈ではこの人とは一緒に仕事をしても良いものができないなと思っていても、やはり断るのはまずいのではないかと思ったり、この人に自分が依頼したからには、この人に賭けるべきなんじゃないか、この仕事をやっているうちに成長してくれるんじゃないかとか考えます。

これらは男気にあふれ見栄えよく見えますが、事業においては全く大切なことではないんですね。

ここでいえば、頼んだ仕事に対してしっかりとした成果物を出してもらうこと。それに尽きます。
一か八か賭ける必要も、当人が成長することも、成果物という結果とは全然関係ないこと。

いろいろな情に苛まれることはありましたが、ちゃんと決断できてよかったなと思います。
そしてこの「情と理」は私のテーマでもあります。少し情に流されやすすぎるように思っています。

うまくバランスをとるように、いろいろな機会で向き合っていきたいですね。
諸々の条件
読んでいた本に孟子の「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という言葉が載っていました。

天の時<地の利<人の和というこの言葉の本来の意味とはだいぶ違いますが、つくづくそうだよなぁ~と思います。

すなわち天の時も地の利も人の和も全部そろったら最高なわけで、そのようにならなければ、やりたいこともやれないよなと思うのです。

何か新しい事業をやりたいと強く願っても、お金がなくてはできません。お金があっても、免許(許可・認可)がなければできません。免許があっても人がいなければできません。

自分の描いたものをちゃんと現実のものにするためには、すべての条件を満たすようにしなければなりません。

ですが、経験からいえば、それがはっきりとそろった!などという状態はほとんどありません。
そろった!と思っても、条件や状況は常に変化し続けますし、そろっても思わぬところから障害や邪魔が入ったりするものです。

絶えずそろうように、そろったものを逃さないように、すべてが同時進行で努力し続けなければなりません。

天の時には、タイミングや時勢など自分ではコントロールできないことや“運”という要素もふんだんに入ってきますが、たぶんそういう努力と情熱が天の時というものをも引き寄せるのではないかと思います。
今取り掛かっている仕事も動き始めるまでに数年かかりました。

諸々のピースがそろい始め、いろいろなことが動き始めています。
その分、ものすごく忙しく様々な壁にぶつかりますが、私の望んだことなので必ず実現させようと思っています。
一瞬
ここ最近、人生の最終末期にいられる方や、お亡くなりになる方と多く接することがありました。

それももう数十年のお付き合いの方や、つい最近ご縁ができた方もいます。

今日お通夜に参列させていただいた方は、初めてお会いしたほんの二ヶ月前には普通にお話されていました。

そういう場面に接しながら、いつも思います。
ふり返ったら人生など一瞬だなと。

あっという間です。
だからこそ、後悔のないように、やりたいことをしっかりやっていきたいと思います。

ふり返ったら最高の人生だったなぁと笑っていられるようにしたいです。
妻ともそんなことをよく話します。
最近思うこと:快く見送る
会社をやっていると出会いも別れもたくさんあります。

特にその別れ(退職)はとても寂しいものがあります。
会社としても重要なポジションを任せてきた方や個人的な思い入れや期待が大きい方であればあるほど、つらかったりします。

しかし、その方の人生はその方のもの。
その方が考え(退職すると)決断したことをとやかく言うことはできません。

そういうことは何度経験してもなかなか慣れることはありません。
やはり寂しく、ちょっと悔しいものです。

しかし、そんなときほど、快く見送られるようになりたいと思います。
どんなに不本意な形であっても、残念で惜しい気持ちであっても、卒業することを引き止めることはせず、むしろ新たな旅立ちを応援したいです。

気持ちが離れ、私たちとは別な新たな道へ旅立とうとしている人を追いかけるようなことや、自立すること、独立することを望まない人にはなりたくないですし、むしろそういうことを喜びとする人になりたいなと思います。
父の心境
私が小さい頃、平日に父が帰ってくるのはだいたい深夜が多かったように記憶しています。
ほとんど毎日誰かと酒を飲んで酔って帰ってきていました。

父はお酒は好きでしたが、お酒を飲みたいというより仕事上必要なお付き合いだったのでしょう。
そのことを理解できたのはもう少し大きくなってからです。

そういう日々には慣れていましたが、平日の夕食にほとんどいないということで、少し寂しい気持ちでいたこともありました。

思いがけずというか、最近の私も同じような毎日を過ごしています。
先週も家での夕食は一日だけ。
ほぼ毎日会食の予定が入っていました。
それが年末ということもあり、さらに続きます。

私はお酒はあまり飲めませんし、正直“仕事上の”そういう席はそれほど好きではありません。
しかし、仕事を円滑にするためにも、それは必要なことだったりします。好き嫌いは言ってられません。

今となっては、父の心境を察することしかできませんが、今の自分のような心境だったのかなと、ちょっと思い出しました。


年月を経て実際経験してみて、ようやく分かるようなことのなんと多いことか、そしてそれもまた歳を経る楽しみだなぁと思います。
人の人生を生きない
「人や世間の価値観で生きることを止めたら楽。」
最近、一緒に食事した方と話していて、とても印象に残った言葉です。

「こうするべき」「これが普通」
そんな言葉を、まわりの人からたくさん言われて、自分の人生を自分で決めて生きているようで、実は人や世間の価値観にどっぷり浸かっているということが私なんてよくあります。
ときどき声の大きな人や強い人にも会ったりして、そう言われるようにやることが当然と思っていますが、実はそんなことはないんだと改めて思いました。

「まずは自分で考え、それを実践してみてから、人に意見を聞く。そうしないと人にいつまでも頼ってしまう。そうじゃないと何もかも受け売りになって、説得力も真実味もない。」
これもまた最近お会いした方と話していて、とても印象に残った言葉です。

お二人とも、いろいろな価値観や意見からちゃんと距離をとって冷静に物事を見ていて、とても素敵な方。
しかもしっかりと経済的に自立しているところも素晴らしいです。
(この経済的自立というのは世間とあまりに乖離していたら実現不可能ですから。ちゃんとバランスがとれていることの証しでもあると思っています)

何を言われても、まずは自分がしっかりしていたら気にすることはないんだなと思います。

こんなふうに人の価値観に従って生きていくのを止めるというのは実はものすごく大変なことでしょう。
その決めた生き方をつらぬく強さや、経済的な自立もしていなければなりません。
さらに人の価値観に解放された自由さは、孤独や不安の種でもあります。
日常生活や人間関係にも支障をきたすほど、世間からずれても経済的な自立はまず無理でしょうし。
そういうバランス感覚も必要だったりします。

会いたくない人に会わねばならない理由もないし、やりたくないことをやらねばならない理由もないんですね。

そうやって生きている人が放つ輝きは本当に神々しく、魅力的だなと実際お会いしてても思います。

私なんかも、仕事でも日常生活でも世間の価値観にがんじがらめになっていますし、いろいろな声に惑わされますが、心だけは常に自由でいたいなと思います。
そのためにも、これって自分がやりたいこと?この人は自分が会いたい人?ってちゃんと問い続けないとならないですね。

いい方たちとご縁がありました。




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