日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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今いる世界の素晴らしさを知り、自由さも知る
「(自分の息子に)今いる小さな世界の素晴らしさも知ってもらうためにも、世界をたくさん見て、その広さを知ってほしい。」
たまたま読んだANAの機内誌「翼の王国」の旅育リレーというエッセイにあった言葉です。
(記憶を頼りにしているので違うかもしれません・・・)


自分のことを常に俯瞰していれたら、もう少しうまく生きられるんじゃないかと思います。
人のことはいろいろと目につくことがあっても、自分のことは、自分で行動しているくせにあまり見えてないものです。

結局あとあとになって「馬鹿なことをしたな~」とか、「もうちょっとうまくやれたな~」とか、「俺はなにしてたんだろ~」などと赤面しつつ苦い経験を噛みしめるということを繰り返しています。もちろんそれは今も現在進行形で・・・。

旅というものでも同じような経験ができます。

過去の自分と比較するように、世界中で異なる習慣や価値観、人間に触れ比較することで、世界の大きさや、「こうあるべき」「こうするのが当然」などというイデオロギーも習慣も考え方も“たくさんあるもののなかの一つのもの”にしかすぎないということが分かってくるのでしょう。
同時に、このエッセイにもあるように、その世界の広がりを知ることで逆に自分が今いる小さな世界の素晴らしさにも気づくことができるのでしょう。

さらにそういうことが分かってくると、自分の考え方、生き方だって本当は「本当に自由」なんだということもはっきりしてきます。
実は何ものにも縛られてないのに、窮屈に感じたり、こうあらねばと思い続けているのは、その世界しか知らない、またはそこにこだわっている自分にあるのかもしれません。

「なんだっていい。いろいろなものを見よ。いろいろな経験をせよ。」
今となってようやく、そう言われてきた意味がわかりかけてきます。

私たちは素晴らしくも“小さな”世界にいて、すべてから自由だという確認をし続けるために、これからも(いろいろな意味の)冒険していこうと思います。

そのエッセイの内容からはかなり飛躍してるかもしれませんが、読んでいてそんなことを思いました。
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すべては一時(いっとき)のこと
人生のいろいろな場面を見ていたり、自分の実感としても身に沁みて思うことがあります。

それは「すべては一時のこと」だということ。

それはあらゆる側面、あるゆる場面でいえることでしょう。

仕事ができる(できない)。
好きなものを食べられる(食べられない)。
好きなものを買える(買えない)。
好きなところへいける(いけない)。
好きなことをやれる(やれない)。
好きなことを話せる(話せない)。
病気にかかる(亡くなることもあるし治ることも)。

できても、できなくても、そうであっても、そうでなくても、これらすべては一時のこと。

生きていると何もかもがうつろっていきます。

一時のこととして、無常感や虚無感に浸りながらすべてのことは意味もなしでいくもよし、徒然なるままにでいくもよし、後先考えずにその場を全力で楽しむもよし、後先を考え抜いて今もこの先もとにかく我慢し続けるのもよし。

すべての生き方に貴賤なしです。
すべては自分が選択し自分がどう考えるかにかかっているのですね。

大切なことは「何事も一時のことと思うこと」だと、今の段階では思っています。

仕事でもお金でも時間でも身体でも、それが「できる」「使える」うちにしっかりやって使って悔いのないようにして過ごしたいと思います。

そして願わくば、臨終の場で「いろいろあったけど、おもしろかったな~」といって死にたいもんです。
自分次第
会社をやっていると、まわりからいろんなことを言われます。

味方もいれば、敵もいる。
直接何も関わりがないのに、好き勝手なことを言う人もいます。

私は感情の起伏は激しいほうですから、そのたびに喜んだり、怒ったり落ち込むこともあります。
またうまくいけばいくほど、足を引っ張られるようなことも多々あります。

「誰が味方で、誰が敵か」
「(あることないこと言われるくらいなら)何もしない、何もやらないほうがいいじゃないか」
疑心暗鬼の気持ちはそんな気持ちを呼び覚まします。

そんなとき、「人の見方や立場によって、味方にもなれば敵にもなる。誰かにとっての味方は、別な誰かにとっては敵になるもの。会社は競争してるんだからなおさら。」という言葉をいただきました。

本当にそうだと思います。
そしてそもそもそんな気持ちにとらわれないような自分を作りあげねばいかんなと思います。

いろいろなことをやろうとすればするほど、いろいろな人たちの“声”も、また“声なき声”も、大きくなるということを感じます。

そこに打ち克つ自分はまだまだですが、そういうことを言ってくれる方がいるというのはなんともありがたいことです。

何事も、本当に何事も自分次第だな。
鬼平犯科帳
漫画の鬼平犯科帳にはまっています。
古本屋やネットで収集中です。出張先の名古屋でもブックオフへいってしまった・・・

単に勧善懲悪というだけではない、深さがあります。
そういう鬼平のおもしろさ・深さをようやく分かるようになったということかもしれません。

登場人物にも共感しまくりです。
平蔵の懐の深さと容赦無さ、絶対絶命のときの潔さと覚悟には、ある意味理想的なものがあります。
かっこいいと思うとともに、「書き手の意思」みたいなものも感じます。

そして同心・木村忠吾のようなキャラは、一昔前だったらたぶん嫌いなキャラでしたが、あのだめっぷりにも人間の性がよくでていたりします。
人(私も)は“忠吾”みたいなものだとつくづく思います。
木村忠吾を温かく見ることができるようになったのも、自分のなかにいろいろな変化があったからでしょう。

池波正太郎の「人の世に対する俯瞰力」の凄さ、そしてそれをビジュアルにするさいとう・たかをプロの凄さにも、ようやく気づきました。
やはりこの方たち凄い!

善悪とは何か、因果や道理から逃れられないこと。
そしてなにより世の中の儚さ、無常観が漂っています。

そんな儚い世の中で、さてさて自分はどう生きていこうかなぁと思ったりしています。
ちょっとずつ
今日の出来事を箇条書きに・・・
お客様から苦情をいただき、そのことで社員たちを集め注意したり、
新事業の用地取得の交渉、
さらにまた別な新事業の打ち合わせなどをし、
さらに私たちの会社に対する悪い評判を聞いたり、
そして一日の締めくくりは、体調を崩し病院での点滴というなんともめまぐるしい日でした。

未来を創っているので、これでよいのか、何が最良なのか、いろいろ迷います。
またお金や利害が絡むと、人間のいろいろな側面を見てしまうことも多々あります。きれい事ではすまないですね。
あまり聞きたくない噂や評判などはけっこうへこみますが、それは何をやっていてもそう言われるのでしょう(そう言われても仕方がないなと思うところもありますし)。

ここですべて止めてしまえば、何もしなければ、何も起こりようもないよな~
そういう虚無にほだされることもあります。

ですが、そういうことも全部ひっくるめて、進むしかないですね。ちょっとずつでも。

失ったものがあれば、また少しずつ積み上げるしかないですし、ある道が通れなければまた別な道を探すしかないですし、失敗したらそれをまた教訓・機会として再チャレンジするしかないですね。
(理屈ではそう思うんですね・・・)

そんな目まぐるしい一日の最後に、地権者の方から「土地をお譲りします」の返事をいただきました。
それを聞いて、「また一つ進めることができた」という感慨よりも、「まだまだ先は長いな~」という心情のほうが強いところが、今の自分の状態なんだろうと思います。

ちょっとずつでも進んでいこう
スッキリする道を模索してみよう
全く新しい事業をやるにはどうしても制約というものを乗り越えなければなりません。

こっちにいけば規制に引っかかり、あっちへいけば収益が上がらない、そっちへいけばお客さんのニーズとは離れてしまう。
そんなことでは絶対に事業としてうまくいきません。
どこかにシワ寄せがいけば、いずれ必ず大きな問題に発展します。

近江商人の「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の“三方よし”とはまさにその通りだと思います。

ちゃんと法律やルールを守り、お客さんも喜び、きっちり利益をあげ、従業員も喜び、さらに取引先も発展する。そして税金も納められる。

そんな流れがはっきりした事業でありたいです。といっても、現実的にはいろいろな課題は当然でてくるでしょうが、少なくとも頭の中で、または人に説明するとき、そこの部分がスッキリしないとだめだろうと思います。
しかし、そのためには様々な制約をクリアしなければなりません。

今考えている新事業は、今の考えのままではどう考えても「先がない」ということは明白です。
全然スッキリしません。参ったな~開業するのを止めるかと思っていました。


そんなことを考えていると、さっきたまたまつけたテレビでTEDのプレゼンをやっていました。
「制約があるからこそ、素晴らしい創造性を発揮できる」

なんとタイムリーな話題なんだろうかと思わず見入ってしまいました。
「制約を受け入れよ」だそうです。
もう少し諦めずに考えてみようと思います。
“いろいろなことがスッキリする道”を模索しようと思います。
テレビの前で過ごした休日
今、無料放送中のヒストリーチャンネルで、「伝説の企業家たち~アメリカをつくった男たち~」という番組を観ました。
全8話で、11時~19時まで8時間一気に放映でした。
ものすごく長時間でしたが、とてもおもしろかった!久々にテレビの前で休日を過ごしました。

以下の超有名な実業家5人に焦点をあて、南北戦争から近代国家へと変貌するアメリカの歴史をまとめたものでした。
各人が一人一人がそれぞれの産業を代表する人物ですね。
コーネリアス・ヴァンダービルト~鉄道
ジョン・D・ロックフェラー~石油
アンドリュー・カーネギー~鉄鋼
J・P・モルガン~金融・電力その他諸々
ヘンリー・フォード~自動車

ヴァンダービルトVSロックフェラー、カーネギーと右腕ヘンリー・フリックとの対立、カーネギーのロックフェラーに対する復讐心、モルガンのGE設立までの経緯(電力という新しい産業の勃興期にあった直流と交流の対立、エジソンの解雇など)その他USスティールの誕生経緯まで、知らなかったことがたくさんありました。

しかもその番組中にコメントをはさむコメンテーターもすごかった。
アラン・グリースパン
カーリー・フィオリーナ
ドニー・ドイチェ
ドナルド・トランプ
スティーブ・ウォズニアック
ジョナサン・ミラーなどなど名前や著書で知っていてもなかなか見ることがなかった人たちがたくさんでてきました。
そしてその方たちのコメントもおもしろかった。
「こんな解釈なんだ」「こんな評価なんだ」「なるほど~」と思うことがたくさん。

産業の変遷、資本家と労働者、それぞれの駆け引き、敵対心などの心理等、いろいろなことが勉強になりました。

富を独占した資本家か、慈善活動家か、産業の発展に尽くした功労者か。
こんなふうにどんな評価をするのか、どんなふうに思うかは人それぞれなんでしょう。

言い換えれば、どんな生き方がいいか、何が素晴らしい人生かは、結局世間一般でいわれる評価や解釈はそれはそれでしかすぎない、とも言い換えられると思っています。
まわりがどんな評価をしようと、それはあくまでもその人の人生の一面だけを取り上げているだけ。

何が幸い(または正しい)か、何が不幸(または悪い)かも、そのときその瞬間だけ有効な解釈であって、その後はどうなるかはわかりません。

いかに自分の人生を自分で“良し”とするか、それに尽きるんじゃないか。そんなことを思います。

それにしてもすごくいろいろなことを刺激された番組でした。あーおもしろかった。
無私の姿
あることに情熱をかたむけている姿はとても感動を覚えます。

先日そういう社長さんに会いました。
思いがけずその会社の事業所を見学させていただくことになり、ご案内いただきました。
社長の子以上に年の離れた私のような若輩にも一つも偉ぶることもなく、手がけている事業について嬉々として語る姿は誇り高くまぶしいものがあります。

「こうしたほうが絶対喜んでもらえると思って」と語る社長の“気質”は、社員たちにも当然伝わっていきその職場の心地よい“空気感”をつくります。
その“空気感”はお客様にとっても心地よい空間となり、結果としてより多くのお客様を呼び込みます。
繁盛するお店の典型がそこにありました。

虚栄心や功名心など何もなく、ただただ事業に専心していく姿に、偉大さを感じます。

いつだってそういう心地で仕事をしていたいと思いますが、まだまだ程遠いですね。
そしてそういう方はほんと少ないですね。

「ただただ専心していく」
そういう「無私」の姿に大きな感動と憧れを覚えます。
思いがけない機会
ある機会を経て同業他社さんを訪問することが多くなってきました。

そうするなかで、例えばその会社へ入ったときの雰囲気、外部からきた人(私)への社員さんたちの対応の仕方、社長への取り次ぎ方、案内の仕方、そんな他社さんのいろいろなオペレーションや対応などを見ることができ、思いがけずとても勉強になっています。

自分が訪問させていただく立場となることで、お客様目線では自分の会社がどう見えているのかを実体験として感じることができます。
そこで自分や自社と比較し、「なるほど、これは参考にしよう」とか「こうしてはいけないな」と思うことが多々あります。

「お客様の立場になって」
「お客様目線で」
ビジネスの世界で多用される言葉ですが、その意味についての理解をもう一歩進めることができたなと思います。

そして自分がまわっていて感じること、「この雰囲気の良さを作っているものは何だろう?」「何がその違いを生むのだろう?」などを考えていて、とても大切なことに気づかされました。
その点も思わぬ収穫だったと思います。

全然想定もしておらず、しかも目的外のところでありますが、そんな思いがけない機会となっています。
やはり無駄なことは何もないですね。その機会をさらに活かしていこうと思います。




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