日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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災い転じて福となそう!
不測の事態とか、望まざる事っていうのは畳み掛けてきます(なぜか集中するんですね)。

今日はそんな日でした。朝から望まざる報告や連絡がどんどん入ってきました。
個人的に試練週間とか修羅場期間と呼んでいます笑

ですが、軽く絶望するのですが、焦っても落ち込んでも何も事態は変わりません。
そこでどうするかを考えます。事態を整理して、何が問題なのかを明確にし、それに対してどんな案や策があるのかひたすら考えます。

八方塞がり感満々のところをどう切り開いていくか、その災いをどう福(とまではいかなくとも良い方向へ)と転じることができるか、そんなことを考えます。

そこで決断し、各部署へ指示します。
あとは待ちながら微調整に入ります。

そうやって考えているときがけっこう楽しいなぁと思うときだったりします。
頭がガンガンまわしながら、解決策を思い描いていくそのプロセスを楽しめるようになってきたように思います。つど絶望はするんですが・・・。

そうやっていると道無きところに道ができたり、道に気づいたり、全く別な問題と絡められたり、意外なところから事態は好転していきます。今日のことはまだわかりませんが、そうなると信じています。

「事態を事態として固定させない」
それが修羅場を乗り越える第一歩ではないかと思っています。


それは自分自身もその心のまま(修羅場を修羅場と思っている心のまま)固定させないというふうにも言えます。
そうすると自分の心象と世界は常につながっているのだと気づきます。
(話しが逸れましたが、書いていてそんなことに気づきました)
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一気に暑くなってきました
地元もようやくつつじが満開を迎えています。
通勤路ですごい!と毎年楽しみにしているつつじがあったりします。
この時期、通勤途中の秘かな楽しみであったりします。

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そして気温も一気に暑くなってきました。
湿度も上がり、今日の空手の稽古では久しぶりに道着の表面まで汗でびっしょりとなりました。
暑くて体がなかなか言うこと聞かない感じも久しぶりで、気持ちよかったです。

都内の空手道場へふたたび出稽古を計画しております。
今年一月に伺ってから、窓を閉め切って稽古をするという夏にも伺いたいと秘かに思っておりました。

灼熱地獄(!)といわれる環境で、どこまでやれるか緊張する反面、とても楽しみです。

必ず行けるように予定を調整したいと思っています。
日記です
今日は決算役員会でした。

私の会社は事業ごとに、会計が9つあります。
私はそのうちの7つを担当します。

事業報告と合わせて一時間以上しゃべりっぱなしでした。
しゃべりながらも、頭のなかが整理されてきました。

未来はわかりません。が、計画している新事業を必ず実現させようとまた決意を新たにしました。
そしてその事業をできれば自己資金でやりたい。
時間軸は2年から3年です。そのあたりで必ず“やれる!”と見込んで予定を立てています。
(私の事業は俗にいうヒト・モノ・カネ・免許のうち、免許が大切なのです)

今年度と来年度は大きな投資は控えて、ひたすらキャッシュを貯めること、そしてマネジャークラスの人材の育成に集中します。

といっても、来年の消費税増税や電気料金の値上げ、行政の施策、各設備の更新や保守など様々な条件を鑑みて、今のタイミングで投資したほうがよいと思うものは吟味した上ですばやく投資していきます。また突発的な出費は常にあり得ます。

目論み通り貯まるのか、育ってくれるのか、それはわかりませんが、私は必ずそうなっているというイメージしかありません。

不確定な未来を望むべくものと引き寄せるためにも、今日明日一日一日に集中していきたいと思います。


「人に喜ばれるもの・役に立つものを創り続けること」
それが私の人生のテーマだと思います。
精進します
ここ数日まさか!ということがたくさん起こりました。

これをブログでどう説明すればいいのかわかりませんが、プライベートでいろいろな予定を組んでいたのがすべてキャンセルとなりました。
今日の日曜の予定、来月の予定をすべて取り止めました。

なぜこのように自分の願いが叶わないか、それはたぶんいろいろな説明ができますが、やはりそれだけの努力や精進が足りなかったのだと思っています。許可が下りなかったともいえます。

仕事をさぼっていたわけでもありませんし、何か問題が起きたわけでもありません。
しかし、会社にかける情熱が少し欠けていたことは事実です。
そこは思い当たる節がありました。

会社でも事業でも、一つ一つのことはどれだけの奇跡が積み上がっているのだろうと思うときがあります。
ほんのささいなきっかけで大きなトラブルにつながったり、逆にうまくいくこともあります。トラブルがちょっとしたトラブルで済むこともあれば、とてつもない大きな問題に発展したり。

なぜそれがそういう結果となるのか、合理的な説明ができないことがたくさんあります。

今回でいえば、その予定をこなすだけの努力を怠ったということでしょう。
完全に自分の怠惰が招いたことだったと思います。

このように、自分の希望が通らない・叶わない、この感じはすごいです。
この強制力、道が閉ざされていく力たるや凄まじいものがあります。

妻から、「あなたがいかに愛されているかわかるでしょ。厳しければ厳しいほど愛されている証拠よ」と言われました。
心からそう思います。ありがたいことです。

私がやるべきこと、やらねばならないことや役割に精進したいと思います。
言葉の影響力
先日会社にて私が、「あとでお礼を言いたいので、名前を控えておいて」とある社員に話したら、回り回って別の部署から「お礼の電話をしておきました」と報告があった。

「え!あら~」と思ったが、こんなふうに自分が意図したことと、相手の解釈や行動が違うことが往々にしてあります。

私の話し方など伝え方にも問題があると思うが、やはりそれを受け取る社員たちはその裏とか意図とか、感情とかを読み取ろうとします。

それはしょうがないなと思います。
(そんなふうに受け入れるまで時間と経験が必要でした)

自分が発した言葉をどう解釈しどう受け取るか、そしてどう行動するかは相手次第。
私の言い方や内容を吟味することはもちろんのこと、ですがそれでも全然意図しない解釈や理解をする方もいる。今回のことでいえば、良かれと思い気を先にまわしてくれ、やってくれたことでもあった。

こんなふうになる現実はしっかりと受け入れねばいけないなと思います。

社員たちとは信頼関係を築くことは必須ですし、そう解釈・行動する相手への理解や共感をもつだけの余裕と度量をもっていたいものです。
さらに幹部社員たちも全く同じような場面に遭遇して悩んだりもしていますので、そのことも理解したいと思います。

そして社内において、また組織を代表するものとして、(望む望まない関係なく)それだけ私の発する言葉に影響力や重みがあることも肝に銘じたいとも思います。

“足るを知る”って・・・
最近感じることがあります。

例えば、お腹がすくとご飯を食べたいという衝動にかられます。
で、食べます。満腹です。

しかし、満腹になれば今度は体重が増えるのではないか、太るのではないかと心配になります。
「食べなきゃよかった」と思います。

お腹がすいても、満腹でも、どちらでも後悔して、満足感を得られません。
「あ~、どっちでも何しても、安寧など得られないじゃないか」と思います。

こういうことは例えばお金のことや会社のことでも同様に当てはまります。

欲は大きなパワー・力です。
何かを為そうとするときには、とても必要なことだと思います。
しかし、欲はときに暴走することもあります。
そこに振り回されることがあります。

“満たされる”“足るを知る”、欲とうまく付き合うって、どういうことなんだろうと思います。
欲を捨てる、欲をなくすっていうことも少し違うように思いますし。

う~ん、なんでしょう。
今の自分のテーマです。
ひたすらインプットする大切さ
「黙って仕事をやれ!」とか「まずは何も言わず見て覚えろ」などちょっと理不尽で横暴な言い方があります。
私もよく言われ、そしてそんな言い方するなんて!とよく腹を立てていました。

でも、それは実はとても大切なことなんだと、最近つくづく感じています。

昨年までの7年ほど「週刊東洋経済」という経済誌を定期購読していました。
そして日経新聞と合わせて読んでいました。

ただ漠然と経済のことを知りたいと思っていただけでしたので、読み始めたときは何がなんだかまったくわかりませんでした。
まったく意味がわからなくても、見るだけ読むだけは続けようと思い、ひたすらただただ毎週毎日読んでいました。
意味づけなどすることなく、ひたすらインプットだけしていました。

最初はなんのことだか、単語そのものもまったくわからないのですが、徐々になんの話かがわかるようになってきました。
さらにそれら独立していた単語や話題が他のジャンルのものとつながり始めました。
そして世界がつながり始めました。

そして経済のなかで、いろいろなものが有機的に結びついているのだと理解できるようになりました。
それはとても興奮した出来事でした。なんだかこの世の構造・秘密を知ったような気分になりましたし、自分の生活が密接にその大きな経済の動きに結びついていたことも知りました。

そして今はとても落ち着いて、センセーショナルに報じられる経済の動きを、冷静に見ることもできるようになってきました。(動揺することもあります・・・)

空手においても、最近ワンシューという型(流派によってはエンビというらしい)を教えてもらったのですが、まさに基本の繰り返しと応用のような型で、基本や基礎の大切さをつくづく感じさせられます。
師範から「この型は基本ができないと全くできない。基本の大切さが特にわかるでしょ」といわれ、まさに!と思いました。

(数日前のブログにも書きましたが)そんなことを妻とも話します。
「何をやっているかわからなくても、とにかく目の前の仕事をただただこなしていくしかない。あとで必ずつながってくるから。全体像が見えてくる」と。

ただ黙ってひたすら“インプットする”“受け入れる”“やってみる”
それはときに忍耐力を必要ともしますが、世界を広げる上でとても大切なことなのだと、しみじみと実感しています。
ここ数日
ここ数日身の回りで起こること、見るもの、聞くものすべてから、これでもかというほど大きな大きな存在を感じます。

そのありがたさ、うまく言葉にすることができません。

ただただ感謝の気持ちで一杯です。

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共に
やはり自分のキャパを拡げるには、自分がいっぱいいっぱいになっても逃げず、なんでも経験していくことしかないんだろうなと思います。
自分の限界を超える“状況”や“量”をこなしていく、または乗り越えることでしか拡げることができないと。

今、妻はそんな状況に対峙しています。

今やっている仕事が、どういう意味をもっているかもわからず、とにかくやらねばやらないことを目一杯になりながらもこなしています。
特に今は月次のルーティン以外にも決算もあります。たぶん何がなんだかわからないでしょう。

しかし自分もそうでしたが、その仕事の意味や大切さは後々にならないと分かってこないものです。「ただ黙って目の前の仕事をする」それを繰り返さなければならない状況です。

のちのちパズルのピースがはまるように、いろいろなことがつながり全体像が見えてきます。

加えていろいろな意味で複雑な難しい立場(それはまわりの社員たちにとっても同じでしょう)でもあるなかで奮闘しています。

そういう妻を見ていて、とても偉いな~と思います。

そしてそれは自分もまた同じ。
妻には妻の課題・挑戦があるように、私には私の課題・挑戦があります。

それぞれの課題を肩代わりしたり、代わりに解決することはできません(それは妻もわかっています)。
ですが、共に寄り添いながら共に見守りながら乗り越えていきたいと思います。


そのやらねばならない仕事をこなしながらも、部署内の誰よりもすばやく多くの電話をとり、さらに多くのお客様へ対応してくれているのを私はしっかり見ています。

その姿に励まされています。
素晴らしい日
今日は大きな失敗をしてしまいました。
ある程度の金銭的な損害もでてしまいました。

やってしまった・・・という瞬間は奈落の底まで落ち込みました。

しかし、落ち込んでいても後悔しても起こってしまったことは何も変わりません。

むしろ頭も気持ちも切り替えて、今回の失敗を受け入れ、反省をし分析をし糧として、また新たな局面を切り開いていこうと思います。
情熱も心もまったく折れてません。

これからもたくさんたくさん失敗をしていくと思いますが、何度でも何度でも立ち上がり、前に進んでいきたいと思います。

失敗はやっぱり失敗ですが、そこから多くの学びの機会であれば、失敗のままではありません。

そういう意味で今日は、とてもありがたい素晴らしい日でもありました。

負け惜しみでもなく、投げやりでもなく、しみじみとそして清々しくそう思います。
なぜ?なぜ?という興味
ちょっと今日はいつものブログと少し違います。

私は世の中の動きにとても興味があります。
ある事象が起きていることを知っていること以外に、その事象がなぜ起きているのかという理由と、その先はどんなことが起こるのだろうという予測することに興味があります。

個人的な興味が強いですが、会社の舵取りにも必要なことでもあります。

先日お昼のNHKニュースで私がいる業界の制度変更の“検討に入った”というのが流れました。
これを見たときに、政府や官庁側の思惑が絡んだものだとすぐに感じました。

私はそのニュースが流れるにはそれなりの意図があると思っています(あくまでも自分は!です)。
特にNHKの正午のニュースはその宝庫でよく見ます。事件や事故、スクープとも違う、朝刊にも載っていないトップニュースはその可能性がとても高いです。

今回の私の業界に関わるニュースを流した思惑、私が考えたのはざっくりと二つ。
・「私たち(政府や所管庁)の方向性はこうですよ」という方針を周知するため(混乱しないでね、準備しておいたほうがいいよという)。
・世論がどう反応し、どのような論調がでてくるのかを確かめるため。

余談ですが、ライフネット生命の岩瀬副社長さんのブログで、「官僚の世論形成術」というタイトルがあり、こんな感じというのがわかります。官僚の皆さんも本当にご苦労されていると思います

このニュースの意図を想像して、私はこうなったらこうなるであろうという未来を自分なりに予測します。
それはお客様の行動がどんなふうに変わるだろうか、そこで私たちができることはどういったことか、業界の構図、行政の組織のあり方はどう変わるだろうかとなどなど。

現在の事象の積み重ねが未来だと思いますので、こうなればこうなるという論理を積み上げていきます。
ときどき天災のようなものもありますが、それが起きても前提条件が変わるだけで、そこからまた事象が積み重ねられていきます。

そんなことを考えているとき、自分の会社の戦略を練っているとき、けっこう楽しいのです。

最近も、私の住む街にアサヒのエクストラコールドを入れた居酒屋がようやく誕生しました。そこでこのタイムラグはなぜ起こるのか、なぜ居酒屋はエクストラコールドを入れないのか、何が導入するための障壁となっているのか、ということを地元の酒屋さんにいろいろ質問したりもしました。
なぜそんなことに興味があるのか、向こうが疑問に思ってましたが・・・。

私のなかでなぜ?なぜ?という興味は尽きません。
これからもウザがられない程度(笑)にいろいろ聞いてまわりたいと思います。
人付き合い
「自分と人の考え方が違って当然、自分が人に善意として何かをしてもそれをどう受け止めるかは相手次第。ただ自分は精一杯やったらそれでいい。逆に相手から何かを言われること(大抵は“あなたへのアドバイス”とか“あなたのため”という枕詞がセットとなってくる)があっても、なるほど~って思えば受け入れて消化すればいいし、違うと思ったら、無理に受け止める必要もないし、かといって付き合いを拒否したり避けたりもしないほうがいい、ただ受け流したらいい。そうするだけで人付き合いでのストレスはあまり感じなくなるかも。」

人付き合いが苦手な私に、妻や尊敬する方たちがいってくださった言葉です。

先日そんな人付き合いが苦手な私に、所属している業界団体の県代表委員になれという話がきました。
しかもそれは物理的に断ることが難しい状態できました。

その委員の皆さん、各都道府県で大きな組織の代表やそれに近い立場を務めている方たちですので、個性も豊富で当然プライドももっていたりします。

その会議でもムムッという場面や、ちょっと苦手だなーという方もいました。
そんなふうに気持ちが揺さぶられるたびに、静かに受け流すという言葉の意味を考えていました。

そして「そうか、こういうことか」とその言葉の意味と自分の気持ちと、その場での体験が一致していくような、ゆるんでいくような感覚になりました。

さらにここ最近、同じく人付き合い、人間関係のことで、傷ついたり、不満をもっていたり、怒っていたりする方の話しをたてつづけに聞く機会があったのも、自らを振り返るという意味でありがたいことでした。

いろいろな利害や思惑が絡む人間関係のなかで、自分がどう振舞うか、どういう関係を作っていくか、今後どう展開していくか、それは自分次第なのでしょうし、楽しみというよりは恐怖のほうが大きいところもありますが、まずはそういう機会そのものから逃げず、しっかりと出席することができてほんとうによかったと思います。

いろいろな意味で機会でありご縁をいただけるのは本当にありがたいこと。
さらにそんなときに、このような話しを言ってくださる方がまわりにいてくれて、本当にありがたいなと思います。

せっかくいただいたご縁、善くも悪くもしっかりと自分の糧としていけたらいいなと思います。
ときに受けとめ、ときに受け流しながら。

いつか、どんな場面でも、ケセラセラ~と自然体でいけたらいいなと思います。
打ち続ける
亡くなった父は野球選手のイチローが好きでした。
早朝のBSでやっていた試合を、録画もせず早起きしてよく見ていたことを思い出します。

そしてある日、仕事の話しから、なぜイチローが好きなのかを聞いたことがあります。
「俺がイチローを好きなのはな、毎年毎年3割打ち続けているからなんだよ。ある年だけホームラン60本70本打つ奴、4割打つ奴はいる。だけど3割をずっと“打ち続ける”のはイチローくらいしかできない。“打つ”ことではなく、“打ち続ける”っていうことこそほんとに難しいんだよ。その結果を出し続けるイチローはすごい。だから好きなんだよ。」といっていました。

続けて「仕事でもそうだ、ある商品が大ヒットすることはよくある。だけど、その大ヒットで終わる会社がほとんどだ。なんでもそう。ものすごい成果を一度や二度は出せても、出し続けられる人はほんとに少ない。そこがほんとに難しい。少し前まで儲かっていたのに、あっという間に潰れていっているだろ。何年もきっちり商売が続いていく会社っていうのは本当に少ない。」と言っていました。

昨日クロスバイクでとりあえず目標としていた職場までの往復30kmを走りきることができたとき、よっしゃ!と思ったのと同時にこの父の言葉をふと思い出しました。
一度きりではだめなのだ、継続して走り続けられるようになりたい、とまた今日も往復してきました。

今その父の言葉は、聞いた当時の感慨に実感も加わりその通りだと思います。

イチローのような成果には到底及びませんが、何かをやろうと決めたらまずはやり続けることが大切なのだと、父の言葉からそして私のまわりの尊敬する方たちを見ていて思います。

「以前は目標と思っていたこと、できたらいいなと思っていたことが、できるようになってさらにそれが普通のこと、当たり前のことになっている。」

それはその目標をクリアしたことでそうなれるのではなく、クリア“し続ける”ことでそうなれるのだろうと思います。

そしてこのことを成長と呼び、そうありたいと願っています。



本当にふと父の言葉が思い浮かんだので、書き留めておこうと思います。
一年という節目
明日5月5日は結婚記念日です。
ちょうど一年前に入籍しました。

結婚するにあたり、ほんと不思議なご縁であれよあれよという間に結婚を決め、入籍してから一年です。
一年というのはほんとあっという間です。

ときに喧嘩もしますし、口すらきかないこともあります。
しかし、いろいろな意味で関係が深くなっているように思います。

なにより常にその場その時に、何が最善か何が重要かを考えてくれ、そこから踏み外さないようにサポートしてくれています。
これほど心強い存在はありません。そしてそういう安心感は何ものにも代え難いものです。

この先の人生のほとんどの時間を共有しながら、いろいろな思い出を一つずつ一つずつ互いに刻みつけられたらいいなと思います。

感謝を込めて。
本質は何?そこからはずれない
一昨日4月30日に来週上京するための手配をネットでやっていました。
しかし、立地や金額などにこだわってしまい、予約をしませんでした。
そして明けて昨日5月1日、同じサイトを開くと、どのホテルも一気に10,000円くらい単価が上がっていました。他のサイトも同様でした。

「あーしまったー」「まさか月をまたいだだけでここまで金額が変わるとは・・・」と思ったのですが、あとの祭りですね。
今思えば、こだわっていた内容なんてほんとどうでもいいことでした。

こんなことがこれまでも、そして今もたくさんあります。
「水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる」という言葉通りの自分がいます。

今何が大切で、何をすべきなのか、その本質そのものにしっかりこだわりたいな~と思います。
ここでの本質は「会議に間に合うように上京すること。しかも低コストで」でした。
どこのホテルか、どんな立地か、そんなことはその本質からはずれていました。そもそも状況が変わっただけで、そのこだわりなどどうでもいいと思えるほどつまらないことにこだわっていました。

まぁ、いろいろな寄り道して学ぶこと、そこから派生していって全く別な展開になることもありますから、何がなんでもこだわる必要もないかもしれません。
しかし、全く関係ないことや見栄、野心、欲などにこだわると、こんなふうにちょっとおかしなことになります。

最近こんな場面に遭うたびに、そんな思いにかられます。
私の事業で一番大切なことはなんだろうとか、今この場面、この状況で一番大切なことは何かということを自問します。

仕事でもプライベートでも、そういう選択に迫れる場面だらけですしね。


“生きていくなかで、あと一体何度迷妄するんだろう”と思えば・・・
「それはお前次第だろ!」という声が聞こえてきます。く~笑
「受け流す」というシンクロ
2、3ヶ月前に妻から、「あなたは何でも全部まじめに引き受けるタイプだけど、全部が全部引き受けなくてもいいんじゃない?受け流してみたら」と言われたことがありました。

そして何かことあるごとに“受け流せ~受け流せ~”と言ってくれていた(らしい←気づいてなかった・・・)。

そしてその勉強会の日にも、昨日のブログに書いた方にお話しているなかで、「受け流すことを覚えると楽」と言われました。

いろいろなことを言われたり、いろいろな関係に巻き込まれてどうしようもなくなるときもあったけど、受け流せるようになったらとても楽になった、聞く必要のないこと、聞いているだけでいいことは聞き流すくらいでいい、そっちはそっちの人生だから、とおっしゃってくれました。

妻と同じ言葉を聞いてハッとさせられました。

妻から詳しく聞くと、風に例えて、風も向かいからばかり受けていると、大変だし進めるものも進めなくなる。
でも受け流したら進むのも楽だし、もしかしたら追い風になるかもしれない。

そして「今あなたが悩んでいること、つらいと思っていること、それが課題とか宿題だよ。だけど、それらは“受け流す”ことで解決できるから。これはあなた自身がやらないとだめ」と。

というわけで、今の自分のテーマは“受け流す”こと。

それができるようになると、あれ?俺なんでこんなことで悩んでいたんだろう?と思うときがくるからそれがクリアしたということだそうです。そのときになって初めて次の課題がくるとのこと。

皆さんからそんなふうに言っていただいて、大きな大きな愛を感じます。
そしてもう恥ずかしいくらい鈍感だったと思います・・・。



さらに妻から、「みんな、あなたの先が見えていたとしても、今あなたの目の前の課題をクリアしないとその先に進めないから、目の前のことしか言わないし、話す内容も考えてくれてるし、先を言う意味も必要もないのよ。けっこう遠くまで見えててもやるのはあなた、気づくのもあなた、あなた自身がやらないといけないのよ。応援しながらも黙って見ているのは本当に大きな大きな愛がないとできないのよ」とも言われました。

なんだか泣けてきます。そして肝に銘じます・・・




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