日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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何度も何度も
ここ2ヶ月ほど、空手で同じ練習を繰り返している。

基本連絡動作の“表”という組み手に関連するとても基本的な動き。
“裏”のほうが複雑なのだが、そちらのほうはかなり前に教えていただいた。

5つの動作があるのだが、どれもとても単純な流れ。
一つ目など「順突き、そのまま裏拳、逆突き」それだけ。

たったそれだけなのにできない。
手と足と体がバラバラ、リズムよくできない。腰も入らずしっかりと突けていない。

師範からは、「とても単純でつまらないと思うけど、これをマスターすればあとはなんでも応用だから」と言っていただきながらやっている。(なんて前向きでありがたい励ましなんだろうといつも思います)

何でもすぐにさらっとできる人はうらやましいなと思う。
一緒に練習している中学生や小学生たちなど飲み込みがとても早い。

自分は何をやるにも何度も何度もやらないとできないタイプ。
昔からそうだった。すぐできない(すぐ覚えられない)自分に腹が立ったり、あきらめたり、落ち込んだり、混乱したことも数え切れない。

ようやくこの頃になって、悔しいながらも「次こそ」と思いながら何度でもやってやるという気持ちが持続するようになったような気がする。

今日もこのあとこの“表”を何度も何度も練習してきます。
そして何度も何度も同じことを、フラットな状態で教えてくださる師範にも感謝です。

教えられる人より教える人のほうがほんと大変だと思います。
師範には空手以外にも、常に一定の状態でいる胆力・教える姿勢などなどいろいろなことを学ばせていただいています。
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人材育成
来年度体制が固まり、人事異動の内示を行っている。

以前ブログにも書いたが、今回の異動にあたって念頭においていることは、
「今後の事業展開を見据えた布石を打つ~リーダー層を育成する」だ。

個々の異動すべてに、私たちの意図があるが、現場の社員たちにとってはそんなことよりも
“あそこの部署は大変”
“仲の良い同僚と離れたくない”
“あの部署のあの人は苦手”だったりする・・・。

それらの気持ちもよくわかるが、そこにこだわり変化することを恐れていたら、新しい世界がひらくことも、成長も、会社の未来もない。そこらへんは無視です笑

今回は特にリーダーの育成に主眼をおいている分、各部署のトップへ新たに抜擢する人事が多い。リーダーといっても5人の組織から30人の組織までいろいろな段階がありますが。

誰でも最初は自分にできるのかという不安にかられるもの。
そういう声をたくさん聞いた。

たしかに一社員とリーダーでは関わる世界が全く違ってくる。
ときに矛盾する会社からの指示(コストを下げて質を上げろみたいな)、何が正解かはわからないが、現場からは決断を求められ、考え方も性格も仕事の動機もバラバラのスタッフたちをまとめて一つの方向へ導いていく。さらにお客様からの要望、苦情、予期せぬトラブルへの対処など、一社員でいるときとは比べものにならないプレッシャーや孤独、不安と向き合わねばならない。

しかし、その分自分の思いを仕事に反映させることができるというやりがいや喜びもとても大きい。

そういうプレッシャーから逃げず打ち克ってきた強さと懐の深さをもつ方、それが私の求める人材です。
(私もいつかそうなりたい)

私の役割は、個々のリーダーたちへの確かな信頼と承認、後ろ盾として最後の砦としての安心感を与え続けること。

内示している社員たちの力がみなぎり輝き出す目、そして「私にできるかわかりませんけど、まずやってみます!」という言葉、これらは私の希望そのものです。
心象が創りだす現実
上京するのに、いつも飛行機を使っている。
この時期の東北は、吹雪などで着陸できずに欠航となることが多い。

今回も降りられないことを心配していたが、勉強会の皆さんからも「降りられる」といっていただき、そしてすでに「ちゃんと着陸できたときのことをリアルに細かく思い浮かべる」と教えてくださり送り出していただいた。

飛行機に乗る直前に、降りている自分を想像してみた。
すると、しっかり降りていることができたが、車が雪で大変なことになっていて雪下ろしで一苦労している姿が浮かんできた。(車を停めるとき、雪ですごいことになっている車をたくさん見てたぶん自分の車もそうなるかもなと思っていたことも関係しているのかも)

妻に「車に乗るの大変かも」と言い、妻からも「降りたあとも大変だね」と言っていた。

フライト後、目的地の空港近くまでくると、予報通り分厚い雲に覆われていて30~40分ほど待機することとなった。
結果的に一時間ほど遅延したが、無事着陸することができた。

そして想像通り(!?)雪で大変なことになっている車を見て、妻と笑い合った。
だが、ここから先は自分の力の問題なので、「よっしゃ!」という気持ちにもなった。

願いを叶えるには、自分がコントロールできるところまでくることが勝負だという意識がある。
“自分がやればいい”という段階まで引き寄せられれば、必ず実現できると思っている。

だが今回こんなふうに自分ではコントロールできないと思っていたことのコントロールのコツを教えてもらう(というより実感する)機会になったと思う。

そしてその心象・イメージがしっかりと現実の世界に反映させることができる(もっと言えば現実の世界にしてしまうことができる)のだという感覚が、ここでも掴めたような感じがします。
D・カーネギーの「思考は現実化する」という言葉がありますが、「現実化していることはすべて思考されたからだ」とも言えるような。


今日は理屈っぽいような感覚的なようなブログでした。

まぁ、まとめると、着陸していることを想像したら、吹雪のなかで飛行機が着陸できて、無事会社へ出勤することができてよかった!という話です笑
素の自分
昨日は夫婦で参加している月に一度の勉強会の日でした。
いつも本当に多種多様なお話をお聞きすることができ、体のメンテナンスまでしてくださったり、疑問に思うことを質問することができる貴重な機会です。
自分のなかにあるいろいろなものが漂白されるような、リセットされるような時間でもあります。

そのなかで「素の自分って誰なんだろう?」という話題がでたので、自分も少し考えてみました。

自分もたしかにいろいろな顔を持っていて、使い分けている。
仕事、家族、友達それぞれでいろいろな自分がいる。
もっと細かくいえば、友達のなかでも、職場でも、家族でも、昨日と今日でも、ちょっとずつ変わっていたりする。

そのどれが素の自分なのかとちょっと考えてみても、役割やまわりから期待、常識、雰囲気、そういうもので縛られていたり、縛っていたりするので、たしかにどれが本当の自分なのかよくわからない。
逆にいえば、そういう自分しか知らないかもしれないとも思う。

いろいろな自分を好きか嫌いかで見ると、自分ではダメ(嫌い)だと思っている自分を、いい!と言ってくれる人もいたり。その逆もしかり。

そんなふうに考えていたら、素の自分を探しつつも、どういう自分であっても肯定できたらいいかもと思うようになりました。
その自分はその自分でよし!みたいな。

さらにそのうち「俺は俺でよかった」と全肯定できるようになれたらもっといいなとも思います。
そんなふうに思えたら、とても幸せなんだろうと。うぬぼれとはまた違う意味で。

いつかなれたらいいなと思います。
視野を広く多く深くする
よく海外にいくと、日本の良さを実感したりすることがあります。
日本という国を外から見ると、普通だと思っていたことがとてもありがたいものだったり。
それは地方から都会へ出たり、その逆でも同じことを感じたりします。

そういう“外”からの視点って本当に大切だと思います。

「自分」という視点一つでも、
・自分がその当事者として見つめる
・相手から見つめる
・天(俯瞰して)から見つめる

さらに物事をみるとき、「目で見て、視て分析し、観て心で感じる。見・視・観の三つの“みる”が大切」と教わったことがあり、なるほど~と思います。

その視点、視点でそれぞれで全く違う世界が広がりますし、翻って自分の世界も広がっていきます。

会社の経営でも同じこと言えるんじゃないかと思います。
・外から自分の会社を見てみる。
・同業のライバルから見てみる。
・お客様から見てみる。(これは当然ですね)
・取引先から見てみる。
・社員たちから見てみる。
・その地域から見てみる。

そういう多種多様な視点から見たとき、今の状況や環境を冷静に見つめることができたり、課題や問題に対してのいろいろなアイデアや対策がふと思いついたり、浮かんだりするように思います。

根を詰めて考えて考えて考え抜いているときって、思ったほど狭い視野でしか考えられていないような気がします。だからこそ、根を詰めるようなことになってしまうというか・・・。
(もちろん、視点がたくさんあるということはその分選択肢も増えるということなので、混乱することにもなりますが、そこはやはり“自己”を確立することも大切なのだと思います)

ちょっと会社(日常)を離れてみて、場所を変えて、考えたいな~視野が狭くなってるな~と思う今日この頃。
そういう機会が今は月に一度あるので、ありがたいなと思いますし、そういう時間を大切にしたいなと思います。


毎回飛行機からの景色を見るたびに、「うわ~ちっちゃいな~俺」って思って気持ちが少し軽くなるのもまた視野が広がるありがたい機会ですね。
来年度の体制を考える
来年度の体制を考える時期となりました。
人事異動の季節です。

私の会社では職種が同じであってもその事業部ごとに求められる役割は全く異なってきます。
大きく分けて7つほどある事業部によってオペレーションから顧客層まで異なるため、求められること、喜ばれることも当然変わります。

ですので、同じ職種であるのに、ある部署では通用することも、他部署では通用しないこともあります。社員にはそういう事業内容の多様性も理解してもらいたい、経験を積んでもらいたいとも思っています。

お客様に喜んでいただくため、会社を存続させていくため、そして新しい事業を展開するためには、そういう事業部をまとめられるマネジャーや、もう少し小さい単位をまとめるリーダー、そしてあらゆる業務に精通していることなど、人材の確保が欠かせません。

その人材をいかに育て、戦力とするかは、やはりその経営者の責任と役割です。

異動はそのためのきっかけ・機会となるもの。
だからこそ異動には私たち(会社側)のいろいろな意図・メッセージが含まれています。そのため異動の内示をするときには、面談しながらそういう意図もお伝えします。(それをどう受け取るかは社員によりますが)

今回の人事異動は、新たな事業展開にむけた布石という意図が強くあります。

もちろんその“展開そのもの”が目論見通りいくとは限りません。(私はできる!やる!と思い込んでいますが・・・)
ですが、やれるかわからないから考えなくていいというわけにもいきません。
いざ“できる”となったときから育てようとしても、時すでに遅しです。

“できる”ということを前提に、人材を育てていかなければなりません。

ただこんな偉そうに書いても、やっぱり「言うは易く、行うは難し」です。
今かなり悩んでいます。
そして何より私たちの意図通りに社員たちが汲んでくれるとも限りませんしね。
妻の自作データ
大抵の経営者(P/LやC/F、B/Sなどを把握していても)はそうだと思うが、私も普段から会社のお金の出入りについての“数字観”を持っている。

その“数字観”があるから、何か突発的なこと、不測の事態が起きたときにもすばやい対応や対策できたりするし、設備投資するべきタイミング、さらに近い将来の予測などを図ることもできる。
何の“数字”に着目するかは、その業種や経営者によって異なるとは思いますが。

今日妻が、会社の各月ごとの経常収入、人件費、各経費、経常支出、経常収支差額などをまとめた一覧表を見せてくれた。各月ごとの推移データまでつけてくれて。
それは先日私のほうで会社のこの後の展開について話したことを受けて、妻が役立てばということで自作してくれたものだった。

それを見て我が妻ながら感動してしまった。

昨年から経理の仕事を始めて、なによりわからなすぎて“わからないことがわからないから質問すらできない”という状態から、よくそういう提案ができるようになるまでになったなと思う。

そしてその一覧表を受けて、私が普段の計算書やキャッシュフローで何を重視しているか、どんなデータを出してくれるとありがたいのかを話すこともできた。

そういうことが通じるようになってきたのが嬉しいし、よく勉強したなぁと感心する。
お金の流れをある程度は把握していないと、私が話す言葉の意味、なぜそのデータを重視する理由もわからなかったと思う。

会社のことを把握しようとするとき、お金がどのように流れていて、どう処理されているかはとても重要なこと。
そこをまずは覚えてほしいと望んだが、いろいろな意味でとてもやりづらいところもあるなかで、よくやってくれている。

心強いです。
感謝です。

ちょっと手前味噌で恥ずかしいですが、今日はそんな話。
できることを精一杯やった
自分のなかでは、意図をもって行動していたとしても、その意図通りに相手が考え行動してくれるとは限らない。
それは自分のなかで正しいこと、善いことが、他人にとってはそうではないことだったりするのと同じように。
だから自分が望んだようにならなくても、それはその人が決めたことなので、無駄なことをしたとか、虚無感に襲われたり怒ったりする必要はない。むしろそんなふうに考えることのほうが傲慢かもしれません。
ただ、私ができることを精一杯やった、それでいいじゃないかと思うようにしています。


知り合いの社長がいる。
その社長の会社はとても厳しい経営状態。
年間売上げの倍以上の借金を抱え、数年前には関係会社を精算した。
精算するには負債の精算も必要だが、それもその会社で抱えることとなってさらに厳しくなった。

仕事があってお金がまわっているうちはいいが、そうでなくなればすぐショートするであろうという状態。
そうでなくても金融機関が見限れば、即終わりです。

これまではその会社を大きくした先代からの資産を売却、担保に入れることでなんとかつないできたのだ。
(このような資産があったことも“幸運”であるのに・・・)

その社長に先日“神風”がふいた。
所有している土地を売却することでき、ある程度まとまったお金が入ってきたのだった。

借金の総額には全然足りないが、その資金を活用して設備投資、元本の軽減など本業を立て直す原資には十分なるはずだった。

ところがその社長、あろうことかせっかく得たお金を一切会社に入れず、それを全く訳の分からない新事業の研究開発につぎ込んでいるとのことだった。本業の会社とも全く関係がない、何の相乗効果も得られそうにないことに・・・。

すでに70歳を優に超えるも、後継者も立てずその地位にしがみつき、かといって誰にまかせるでもないのに会社にも来ず、まわりにまとわりつく数人の甘言だけを信じて、未だに一旗上げようと思っている性根に言葉もない。

そこに信念や志もない、虚栄、見栄、稚拙なプライドにこだわっていて「足るを知る」こともない、そのためいつまでも心には暴風が吹き荒れている。


なぜこうまで書くのかといえば、その土地を購入したのはうちの会社だからだ。
いろいろな関わりがあり、どうにか会社の“糧”としてほしいという思いもあって取引したのだ。(もちろん私たちにも“取引をする利”はあります。もともとは私たちからオファーした)

が、見事にその微かな願いは水泡に帰した。

私自身もいろいろとお世話にもなり、関わりのある社長なだけに思い入れもあるが、冒頭に書いた通り本人の人生を決めるのは本人だ。

あとは関わることもない。
“この後”を静かに見届けよう。
闘うべきとき
先日のブログにも書きましたが、今いろいろな公の機関と一緒にある家族の支援を行っている。
詳細は書けないが、とてもすさまじい家庭環境にある家。
一番の被害者は子供たちだ。10歳にも満たない子供が4人もいる。

様々な機関や組織、専門職が連携して、会議を重ねその支援にあたっている。
私たちもできる範囲で引き受けるとお約束させていただいた。

そしてその約束通り、現在あることをお引き受けしている。
しかし、それで解決というわけではなく、私たちがお引き受けしていることもその支援の一部でしかない。
その終着点はやはり“自立”ということでしょう。

昨日その件である組織へ相談にいった。
(当事者たちが使おうとしている)ある制度の見通しを聞きたかった。
その制度によって私たちの支援を次の段階に進めようと考えていたのだ。

すると、その担当は「私はその制度が今回のケースに合っているとは思わない」と突然言い出した。さらにその組織でやるべきこと(その組織でしかやれないこと)を、「そちらでやったらいいんじゃないですか?」とまで言ってきた。

それはすなわち、このケースすべてをうちの会社で引き受ければよいと言っているのと同じことであった。しかも各機関が集まった公の会議で決めた流れに沿って私たちも行動しているのだが、それも否定するものであった。

私たちが持っている機能でやれることは責任をもってやるといったが、それ以上のことは不可能だ。そもそも一民間法人にそこまでの機能も権限もない。

要はめんどくさいのだった。話せば話すほどできるだけ関わらないようにしたいという魂胆が見えてくる。
どこの会社や組織でもこういう無責任、無関心、面倒くさいことを避けては押しつけようとする輩はいる。

驚きとともに怒りが湧いてきた。
そしてこれはきっちり闘おうと決めた。

そして今日、またその支援会議の主要メンバーに急きょ集まっていただき(皆さんお忙しいのに無理を聞いてくださいました)、もう一度その方向性についての認識を共有し、今後のことについて建設的な話し合いをすることができた。私たちの支援で次の段階に進むことは一旦白紙とさせていただいた。

終わり際に「私のせいで次の段階に進まないことになったなんて言わないでください」とまたすごいこと言っていたが・・・もう何も言うことはない。

今回子供たちの境遇をなんとかしたいという感情にかられつつも、組織を代表するものとして冷静に起こるであろうリスクを分析し、うちの社員たちにも火中の栗を拾うようなことで苦労をかけるかもしれないと承知してもらい、引き受けることを決めた。

しかし、まさか同じチームからそんな横槍が入るとはちょっと想像がつかなかった。

まだまだ経験不足でした。
ですがいい勉強させてもらいました。

一度“引き受ける”と言った以上、どんなことがあろうと途中で投げ出すことは絶対にないのですが、闘うべきときはきっちり闘いたいと思っています。
善悪の基準
先週ちょっと体調を崩しました。
毎日体重を量っているのですが、一晩で3.6kg減っていました。
(驚きましたが、数日で2kg戻ったことにもっと驚きました・・・悔)

しかし、トラブルの渦中にあった現場へは通常通り行きました。
そこには“感染させるかもしれない”というリスクがありました。
もちろん罹患していることは言いません。

結果としてそれはなかったのですが、立場によって、役割によって、責任によって、その行動の善悪の基準というのは異なると思っています。

もし現場の社員が同じことをしたら、かなり怒っていたと思います。

しかし、そのとき現場は件のトラブルでかなり厳しい状況におかれていました。刻々と変わる状況と様々な決断が必要でした。
そんな現場にあって、“休む”という選択肢はありませんでした。

結局その行動のリスク、いろいろな人に及ぼす影響、自分の普段の姿勢、振る舞い、さらには負っている責任、それらを鑑みて、善悪は自らが判断し決断するしかないのだと思います。

それを“自分勝手”“愚行”といわれれば、その通りでしょう。

このことに限らず、ときには危ない橋を渡ることもあります。
正論、綺麗事ではすまないことがやっぱりあります。
あきらめない
事の大小はありますが、何かやろうと思ったら、様々な試練が待っています。
本人の気持ちを試されるようなことがそれはもうこれでもかこれでもかというふうに。
それでもあきらめない人がやはり事を成すことができるように思います。

ここ数年ずっとあることに挑戦していた弟。
望んでいた結果が今月出ました。

たくさんの困難にぶちあたり、そして挫折感を味わいながらも、あきらめずちゃんと望んだ結果を出したことが本当にうれしい。

そしてこれからが本番でしょう。
またさらに多くの困難が待っているかと思います。
ですが、それもまたしっかりと乗り越えるのでしょう。

私にとっても励みとなりました。
この先まだまだいろいろとやりたいことがあるので、必ず実現しようと心新たにしました。

機会であり経験
先週からある事業所で起きたトラブル、ようやく収束の目途がたってきたように思います。

こういう通常とは違う状況になったとき、見えてくるものがたくさんあります。
今はまだそれを総括することもできませんが、やはり関わる人や組織がそれぞれの役割において試されるということなのだと思います。(もちろん私も含めて)

今回のトラブルでは所長をはじめとする現場スタッフが一丸となって、対処してくれました。
そして昨日はっきりと光明がさしてきたことが分かる瞬間がありました。
社員たちの緊張と不安が解けていくのもわかりました。そしてそれはお客様に伝わっていきます。

そういう瞬間を一緒に感じることができて、とても嬉しく、ホッとすることができました。

トラブルの解決はもうそれはそれは大切なことなのですが、解決するためのプロセスを組織全体で経験できたということが(トラブルそのものからは副産物のようなものかもしれませんが)、もしかしたら解決することよりももっと大切なことかもしれないな~と思います。

このプロセスを経た組織も人も、自信をもつことができますし、個々の結びつきもより一層強くなりました。
同じ場所、同じメンバーなのに、雰囲気も心持ちもまるで違う人と組織になったように思います。全然別の次元のものになったような。
これって今回のことで得られた『ギフト』みたいなものだよな~としみじみ思います。


やるべきこととそれぞれの役割が明確になった現場に、私のいる場所も、私がいる必要もありません。
私にとってはそれが喜びです。

何事もすべて機会であり経験。
その渦中にいるときはそんなことを思う余裕もなんてないのですけど。

なんだか昨日今日、自分が生かされているんだということを心の底から感じることができた日でした。

本当にありがたいことにこの間もたくさんの引き合いをいただいておりました。連休明けよりフル稼働です。
たくさんの方にご迷惑をおかけしたことを反省し、今回のトラブルから得た経験を明日の糧として日々精進していきたいと思います。
見えてくるもの
順境と逆境、その場その場で見えてくるものがあると思います。
そしてやはりいろいろなことに気づかせてくれたり、多くのことを学ぶことができるのは、先日のブログの通りやはり逆境なのでしょう。

今はまさに逆境のなかにいます。(キッパリ!)
しかし不思議と気持ちは落ち着いています。

だからといって、余裕があったり、今目の前にある状況をうまく解決しているという自信があるわけでもなく、それでいいのかという問い、ご迷惑をおかけしているお客様をはじめ関係者、そして社員たちへの申し訳なさ、現場での無力さ、全部ひっくるめて自分の小ささなど、もうひしひしと感じています。もちろん数字のことも含めて・・・。
と同時に勤務変更を快く引き受けてくれ、残業を惜しまない社員たちの真摯さ、責任感には本当に感謝したい。所長をはじめ社員たちの存在こそ希望だよなーと心から思います。


こんな状況だからこそ、いろいろなことが見えてきます。
このあまり思わしくない状況、望まない状況、できれば避けていたい状況、だからこそ今の自分にとっていろいろな意味があるんでしょう。(と思っちゃったほうがいいですし・・・)

妻といろいろ話していてもそんなふうに思います。
「あ~今いろいろな意味で試されているんだ」ふと感じたり。
妻からは「今の状況もすべて受け継いでいるもの」と言われたり。

そしてなにより妻の「今がピークだから」という言葉にすーっと救われた心地がします。


そして以前に比べ今の自分の状況が明らかにやるべきことややらねばならないことがスケールアップしている(ような気がする)。以前であれば「どうなるのだろう」と不安に思っていたことがそうではなくなってきたり。
さらにそれらが同時進行していて、悲観や心配にくれる間もなく、頭を切り替えつつ自分の役割を全うしなければならない状態です。

“容赦ないな”と思いながら、あっちいったりこっちいったりしています。
強くならねば
今日も職場へ。
昨日のブログに書いたあるトラブルの渦中にある事業所では、非常時対応を継続してますので気が抜けず、現場も少しずつ疲弊していきます。

やらなければならないことが詰まっている忙しさとはまた違う、その状況の停滞感、行き詰まり感のなかで、精神的に追いつめられていくことになります。
社員たちからの様々な問いに、その場その場で決断していかなければいけないマネジャークラスの社員たちは特に。(だからこそ、何をしているともなく、私も現場にいようと思います。いろいろな役割を代わりにすること、決断をその場で認めることもできますので)


「逆境にまさる教育なし」とはチャーチルの言葉ですが、まさにそうだと思います。
光明が見えない状況のなかでも、立ち向かっていく。
それが正しいことか、間違えていることかもわからない状況でも、自分を信じて立ち向かっていく。

そういうことを繰り返していくなかで、以前は絶望でしかなかった状況にも余裕をもつことができるようになるのだと思います。
筋トレや空手でも同じことかもしれません。筋肉を壊すことによってより強い筋肉となるような、何度も何度も同じことを繰り返して型を覚えていくような。

修羅場(自分のキャパ以上のことに直面する状況)から逃げず、立ち向かっていった人にはそれだけの場数を踏んで身につけた“自信”や“余裕”といえばいいのか、そんなオーラや雰囲気を纏っていたりします。


今日その非常時対応にて閉塞感満々の状況に立ち向かうマネジャークラスの女性社員の涙を見た。

明らかに慌てふためいて抽象的な報告(「大変なことが起きた」みたいな報告)をしてきたことに、「もっと冷静に状況を把握して具体的に報告してくれ。あなたが慌てると他の社員も不安になって焦るよ」という主旨のことを話していたときだった。

とても素直でまじめ、責任感の強いその社員。
これまで経験したことのなかった状況への戸惑いや迷い、不安、まさに逆境(修羅場)のまっただなかにいて奮闘してくれています。
だから、その涙の気持ちは痛いほどよくわかりました。

本当に素晴らしい社員たちだと改めて思います。
そして自分もまだまだ足りん!もっともっと強くならなければ!とまた決意を新たにしました。

そして涙をふいたあとの少しだけ腫れた目を見て、「あ~、この人はもっともっと強くなれる」と思ったのでした。
様々なことが起こり、動き始める
今日はたくさん書きます。

2月がスタートしました。
意図したことと、トラブルも含めて意図してなかったこともいろいろ動き始めました。

まず、昨年12月下旬に決断したある部署(30名弱)のオペレーションの変更です。
勤務時間や業務内容まで一新しましたが、それが今日から始まりました。
初日の今日はトラブルもなく、順調なスタートが切れました。

さらに来月また別な部署でも行います。
私たち独自のオペレーションこそが私たちの優位性となるのだと信じていますので、日々改善しながら積み上げていきたいと思っています。

そしてまた別の部署でも仕入れ価格の削減案を取引先に提案していたのですが、ほぼ私たちの主張を受け入れていただけることになりました。
またその部署にとって新たな収益機会となるプランがありますので、マネジャーたちと現在実現にむけて話し合っています。(そこはある意味コストセンターと捉えられる部署で、ライバル会社さんはアウトソーシングしているところもとても多いのですが、私は意図的に自前でもっています。「これからは自分たちで稼ぐんだ!」と言っています。)

そして今日の早朝電話があり、ある事業所でトラブルがありました。
それによって、お客様の受け入れを一時止める(というかキャンセルとなる)事態となりました。
その事業所の売り上げ的には2月の出鼻を完全にくじかれてしまいました。

しかし、何が一番のリスクかといえば、そのトラブルを隠したり、不誠実な対応で、お客様にご迷惑をおかけして失う信用のほうがよほどリスクですので、一時的に売り上げは下がっても、正直に対応していこうと思います。

決断と指示は私のほうで下しましたが、所長をはじめ社員たちのほうで、お客様や関係先へ謝罪と事情説明しているのを見ていたのですが、本当に素晴らしかった。ご迷惑をおかけすることであるから、けっこうつらい仕事なのですが、しっかりとやってくれました。
あとはできることを粛々と全部して時間が経過するのを待つしかない段階です。

そのことでご迷惑をおかけした方と出先でお会いしたとき謝罪しましたら、「まだそんな大きいことではないのにすばやい対応と情報提供でほんとありがたいです」と言っていただきました。(トラブルの規模としてはたしかに小さいのです)

それ以外にも、行政主催の様々な公的機関(行政、病院、警察、福祉関係)が集まる会議もありました。
あまり詳しく書けませんが、凄まじい家庭環境にある一家をどのように援助していくかという話題でした。
こういうことの一番の被害者はやはり子どもなのだと思います。すでにその影響は子どもたちまで及んでいました。
年末の会議で私たちの出来ることで協力させていただくことにしていましたので、その打ち合わせも兼ねたものでした。
これは来週月曜から動きます。

様々なところに張った戦線の結果が少しずつ現れてきたように思います。(今日書いた以外に他にもまだあるのですが)
とてもうまくいったところもあれば、突発的なトラブルを起こってしまったところもあります。

これらすべて同時進行ですが、それに各部署の社員たちがとてもよく応えてくれています。
私もあっちいったりこっちいったりでなかなか忙しないのですが、なんだかそういう時期なのかもしれません。

どんなことでもしっかり受け入れて、ベストを尽くそうと思っています。

自分で言うのもなんですが、今日は特に働きました~!
妻にもほめられちゃいましたし(笑)





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