日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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まじめな方
仕事をしていていろいろな方にお会いする。

いろいろな方がいるなかで、とても誠実でまじめな方がいる。

誠実でまじめというのはとてもいいことだ。
しかし、誠実でまじめすぎる方もいる。

いろいろな思い(要望)をそのまま全部受けてしまう方。
気持ちでは違和感や嫌悪感を感じつつも、期待された通りにやろうとする方。
まわりの期待と自分の結果が一致しないときに自分を責めたりする方。

そんな方を見ていると、なんともいえない危うさを感じて、一抹の不安を感じてしまう。
とても誠実だな~と思う反面、心配になってしまう。
もっと適当に、楽に考えていいのにななどと思う。

バランスなんだろうな~
自分もだいぶ偏っていると言われるので、そこらへんのバランスをちゃんと意識しないとなと思います。
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自分と映像のなかの自分
ここ数日、機会があって自分が話している姿を映像で観ている。

猛烈な恥ずかしさとともに、やっぱり自分のことは全然見えてないんだなと思う。
自分の話し方、話す内容、表情、声のトーン、雰囲気、そういうものが自分でこうだろうとイメージしているものと全く違っている。
そもそも自分が思っている声と聞こえてくる声がここまで違うのかと今更ながら気づいた。

写真でもそう思うときがあるが、映像だとさらにはっきりとする。
自分と画面のなかの自分との違和感。

やっぱり自分のことは自分が一番わかっているようで、わかってないんだろうな。

だからこうしようとか、こんなふうになろうとまではいかないが、「そうか、こんな感じなのか」ということだけはちゃんと頭に入れとこうと思う。
いつか役に立つときがくるかもしれない。

そういえば、先日お彼岸のご供養をやっているとき、お寺で自分が拝んでいる姿を浮かんできた。まるで仏様目線のような視点で自分が拝んでいた。「ん?なぜこの視点・・・?」と思ったのだが、本人がどう思っていても、それを見ているほうがどう思うかはやはり違うのだろうかとか、いろいろ考えさせられた。

自分の姿を客観的に見ることはとても勉強になる。
もう少しこの恥ずかしさに耐えてみよう。
人材
仕事をしていて「うれしいなぁ」と思う瞬間がたくさんある。

その一つに社員たちが、その立場、役割、職責をしっかり自覚するようになったときがとてもうれしい。
それまではなかった責任感、そして使命感のようなものがしっかり醸成されてきているとわかったとき。すなわち当事者意識をもって仕事にあたっているときだ。

当事者意識が芽生え始めるとその方は一気に成長するし、そういう人の組織はパフォーマンスも高い。


先日ある部会(その部署だけの会議)に出たときのこと。
その部署の日頃の問題や今後の課題などを話し合うのだが、そのなかでマネジャー以下の各リーダーが各々の役割をしっかり自覚していて、議論もとても建設的なものであった。

誰かのせいにするわけでもなく、その問題なり現状を一致協力して改善していこうという姿勢であった。それは全員が当事者意識とその職責を自覚しているということだった。

そういう組織になったことがなによりうれしい。
その会議を見ていてしみじみと思った。

人材の育成といえば、何か育てるというイメージだが、そうではないと思っている。
成長するのは本人が自ら育つしかない。
育とうとか、育てようというのではなく、自分の役割を自覚して目の前にあることから逃げず、乗り越えていった結果、育っていく。

私ができるのはそんな機会の提供だ。
プレッシャーのかかる場や立場で、本人が四苦八苦しながら乗り越えていく。理不尽なことも、納得がいかないことも、人にふりまわされることも、自己犠牲が課せられる場面もあれば、逆に感謝の言葉をいただいたり、部下のありがたさを感じたり、やりがいをみつけていったり、その立場や仕事でなければわからなかった経験をたくさんすることが重要だ。

そうしていくなかで、その立場や役割の自覚ができてくる。
もちろん何かあれば私のほうで、必ず守るという姿勢と日頃の励まし、そして互いの信頼関係があることは前提ですが。

常にすばらしい人材が輩出するような組織でありたい。
昨日のブログにも書いたが、その組織をまとめることや事業をやることの成否は「誰がやるか」に尽きると思うから。

ここ最近、いろいろなことをふまえて、人材について考えている。
誰がやるか
・よくこれからの時代に儲かる仕事は?
・これからは○○の時代だ。(この10年だけでもたくさんありましたし、変わりましたね~)
・新しく会社を創るなら、何の事業をやったらいいか。
・今更そんなこと始めてもライバルがたくさんいるから、うまくいくわけない。
などということをよく聞きます。

しかし、事業において一番重要なことは“何をやるか”ではなく、“誰がやるか”だと思っています。

そこに本当に覚悟をもって挑んでいく姿勢がなければ、そしてこれでお客様に喜んでいただきたいという信念がなければ、どんな画期的な新しい技術・サービス・商品が作れたとしてもうまくいかないだろうと思います。

今期開設した事業所でもそのことを念頭に進めていきました。
建物を建てることも大切だが、実際に稼動し始めてからが最も大切で、オペレーションも管理もすべてそこをまかせたマネジャー以下社員にお願いしなければならない。

いくら設備や環境が整っていても、そこに携わる人が真剣にやっていなければ、そして様々な困難に立ち向かっていかなければ、喜んでいただけるものを創ろうという姿勢がなければ、多くの方にご利用いただける事業所にはならない。

そして今、ありがたいことにとても順調に推移しています。
(私たちを“選んでいただく”という事実の重みと感謝を忘れてはいけないなと思います)

こんなことからも新しいことを始めるにあたって、誰にまかせるか、誰がやるかがとても重要なことだと思います。
人材こそ私たちの強みであり、生命線だということを常に意識しています。


今日思いがけず、会社にとってとても重要なお話をいただきました。
会社としてまた新たなステップとなること。

以前から希望していたことでしたが、そのほんの入り口が見えたような感じです。
そしてそれ自体もとてもチャレンジングなこと。

それがうまく実現するまでには数年かかり、そもそも話自体まだまだどうなるかわからないものでもあります。
その取っ掛かりとなるようなことが今日あったように思います。

今日の天気は午後から雨。一通り降ったあとは一気に晴れ。快晴。
お、雨が止んだと思って、何気なく会社の外へでると、おっきい虹がきれいなアーチとなってかかっていました。
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「おぉ~!なんだかめでたい」と思いつつ。

その虹の反対側にあった太陽も、雨上がりのきれいな空気と雨の水滴でキラキラとしていました。
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「おぉ~!こっちもなんだかめでたい」などと思いながら、虹も太陽も眺めていました。

さてどうなるかわかりませんし、先はまだまだ長いのですが、私としてはその方向に向かって思いっきりチャレンジしていきたいと思っています。ちょっとずつでも着実に積み上げていこう。

うちの奥さんにその話を伝えたら「おめでとう!」と言われました。
いやいやまだ何も決まってません。というかそれ以前のお話なのに…でもうれしかったな。
秋彼岸
秋のお彼岸ですね。
私たちもお墓参りやご供養にいってきました。

思い返せば、小さい頃から父に連れられて、お盆やお彼岸など節目に限らず、ちょくちょくお墓参りに行っていました。
そして毎朝父は仏壇の前で、必ず般若心経を唱えている家でした。それは祖父も同じだったのだと思います。

今、私にとってお寺が身近なものであるのも、お墓参りにちょこちょこと出かけたりするのも、般若心経ならそらで唱えられるのも、そんな環境だったからだと思います。

それがあたりまえでしたので、いいとか悪いとか考えたこともなかったのですが、今はそんな環境や考え方のなかで育ててくれてよかったなと思います。
やっぱり父が亡くなって自分が父のことを思い出すように、たぶん父も私たちのことを心配したり、うれしがったりするのだろうと思います。
そういう気持ちって、たぶんその先のご先祖様たちもおそらく同じなんだろうなと。

そんな自分の子孫たちが、お経をあげたりお墓参りにいってつながろうとするのは単純にうれしいことだと思うのです(私だったらうれしい)。

私もお彼岸にあたって、父や祖父祖母、そして直接会ったことのないご先祖様のことに思いをはせることができました。

まずは私たちが、あまり心配をかけないよう、元気で楽しくにこにこしながら暮らしていたいものだとしみじみ思いました。
叶うって
5km走れたときも、10km走れたときも、
痩せることができたときも、
二年越しで鹿児島のご先祖様へお墓参りできたときも、
高千穂に行ったときも、
天の岩戸にいったときも、
新しい事業所をオープンできたときも、
ブライトリングの時計を買ったときも、
ジョン・ロブのストレートチップを弟からプレゼントしてもらったときも、
結婚したときも、
出雲大社へ行ったときも
熊野へ行ったときも、

「うぉぉ!叶った!」って思う。

やったから、
練習したから、
そこに向かったから、
買ったから、
プレゼントしてもらったから、
そうなっただけかもしれないとか、自分がそうしたんだからあたりまえかもしれないけど、

俺はやっぱり「うぉぉ!叶った!」って思う。

願いが叶うってそういうことなんじゃないかと思ってます。
気合い入りました!
筋トレのやり方を変えただけで、ものすごい筋肉痛になりました。
特に下半身がもう立つ座るの動作もけっこうつらいほど。(今までの筋トレはなんだったのか…)

そんななか昨日は空手の日。
「こんな痛くて体動くのか」とか「そもそも超回復のためには休んだほうがいいんじゃないか」とか「仕事で疲れた~」などとグダグダと思っていったのですが、階段を上がるといつも一緒に練習をしている高校生がしゃがみこんで何か読んでいました。

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その本は漢検の問題集。

それを見たとき、ハッとしました。
漢検の勉強をしたい気持ちと空手をしたい気持ちの狭間で、それらをどうにか両立させようとする姿に感動したのと、筋トレと空手、そして疲労(怠惰)と空手とで揺れ動く自分とがシンクロしました。

そして彼女はそのどちらもがんばっている。
俺はグダグダやっている。

思えば何かをやろうとするとき、完全にそのことに集中できる環境なんて、プロでもない限りまずない。
仕事であったり、学生であれば勉強であったり、疲れているときもあれば、忙しいときもある、それらと両立させていかなければならない。

どちらもしっかりやろうとする彼女の姿勢をみて、「俺甘い!」そんなことに気づかされました。
気合い入りました!
変わりたいと思ったら変われる
・ほとんど料理したことがない。
・免許はあるが、車の運転はほぼ皆無。(そもそも教習所の教官に「おまけのおまけでハンコ押しますが、運転するのは止めたほうがいいですよ」と言われたらしいw)
・これまでのキャリアはほぼ専門職としての仕事しかしてこなかった。
・運動もほとんどやってこなかった。

うちの奥さんのことです。

それが一緒に暮らし始めて数ヶ月たち、それらのことに挑戦してくれている。

日々作ってくれる料理は種類も増え、どんどんおいしくなってきている。なんといっても手際がよくなってきている。あるものでチャチャっとみたいなこともできるようになってきた。

車の運転も、ペーパードライバー講習からスタートして、今では一時間ほどかかる空港へも一人で往復できるようになりました。(しかし周回道路を逆走してしまい、向かってくる車をパニックしてしまったらしい・・・一方通行の道を堂々と逆走するうちの嫁、想像すると恐ろしい)

これまでやってきた仕事とは全く関係ない仕事、慣れない職場環境にも取り組んでくれている。ほとんど分からないであろう会計のことを、今勉強中です。

運動というイメージすらなかったのに、今では空手にも通っています。(“エイ!”または“ヤー!”という気合いを、たまに“アチョー”と言いますが…カンフー映画の見すぎか…)

人って変わることができる。
“これは苦手”とか“あれは無理・できない”なんて自分で勝手に作っている壁なんだと思います。
うちの奥さんを見ていて、実感します。そしてすごいな~尊敬するな~とも思います。

様になってるとか、ちゃんと型になってるなんてまずはどうでもよくて(そもそも最初から完璧にできる人なんていない)、「そうなりたいと思ったら、そうなるようにやってみる」
結果、もう数ヶ月前とは全然違う彼女を見ていて、とても励まされています。
体を鍛えよう
ここ2日ほど、いろいろと調べていました。
体を鍛えることについて。

日ごろからけっこう運動(空手、ランニング、上半身を中心とした筋トレ)をしていましたが、「もっと体幹を鍛えたほうがいいのでは」というアドバイスもいただいていたので、そこらへんを鍛えるにはどうしらよいかと思って調べ始めていたらハマってしまいました。

つい先日も、体幹の鍛え方や吉川メソッドについて書かれた本を何冊か買ってきました。
付属でついていたDVDを観ながら実践してみたのですが、全然できなかった。特に下半身がまったくだめだめ。
自重で行う腿を鍛える筋トレをやっても、もう痙攣が止まらなかった。階段の上り下りすらできないんじゃないかと思うほど。

その結果からも、体そのものを作り上げるような運動へシフトすべきではないかと思うようになりました。

今後空手とともに、筋トレ(今度は全身)を中心にやってみます。
どうなるかはわかりませんが、まずは2ヶ月ほど続けてみます。そして体重も10kgほど減らそっと。

筋肉をつけつつも、体重を減らすという矛盾にチャレンジしてみます。
愚痴でもあり、教訓でもあり
「幸せな家庭というのは一様に幸せだけど、不幸な家庭は様々に不幸である」
小説『アンナ・カレーニナ』にある一節だそうです。私は小宮一慶:『社長の教科書』で知りました。

仕事がない、売上げが上がらない、今期も赤だ、そんな話をよく聞きます。
なのに、そんな会社ほど対応が遅い、どうにかしようという意気込みもない(あっても行動が伴ってない)、いろいろな機会をチャンスとは思っていない。

先月のお盆明けにお願いしたそれほど難しくない工事が、今日までされなかったり。
(昨日連絡して今日ようやく施工)
また見積もりを出してほしいと依頼しても、見積もりをFAXで送ってきてそれっきりだったりとか。
(私であれば、見込み客としてすぐに営業に走ります)

相手の要望や困っていることなどを敏感に感じるような感性・感度があまりに低くかったりします。
今回の工事でも、仕事ぶりに私が不満に思っていること、結果二度と仕事をお願いすることはないだろうとは、先方さんはおそらく思ってないでしょう。

よく業界そのものが飽和しているとかいいますが、同業他社がひしめいているところでも、ちゃんと儲かっているところはいくらでもあります。
全く同じもの、また全く同じサービスを売っているのに、なぜここは儲かって、向こうは儲からないのか。
そんな問いを思うとき、冒頭の一節が思い浮かびます。

自分がそういう行動をとっているから、そうなっているだけじゃないかと思います。
「今の自分の在り様は、その本人の選択や行動の結果で成り立っている」

会社が赤字であるのは、そうなるように行動しているからなのでしょう。
仕事をしていて、そのように感じます。(そういう意味でも“思考は現実化する”のでしょう。)


私たちの会社をご利用いただければどういうメリットがあるのか、私たちの強みはなにか、何をお客様は喜びとして感じてくれるのか。
そこの大切さを肝に銘じておこうと思います。

愚痴っぽくなってしまいましたが、自分への教訓として。
乗り越えてほしいな
「社長のことを良く言う社員を見たことがない」
先日そんなことをおっしゃる方がいました。
とてもよく分かります。

私の会社でも、手間や経費やオペレーションをあまり考えずに、人が足りないとか、あれを買ってもらいたいとか、ここがおかしいとか、お客様のことを考えたらこうすべきなど、いろいろなことを言われます。
しかもそれをとても純粋に、本当にそう思って言ってくる。(そこはとてもありがたいなと思います。真剣に仕事をやっているってことですから。真剣に仕事をしていればそんな不満はどんどんでてくるもの)

このような溝はどうやっても埋まらないんだろうなと思います。
見ている現実や解釈が全然違う。そうであるから(社長が)分かって欲しいなどと思うのも違うし、どうせわからないだろうというのも違うと思っています。

「人間関係の渦」にも書いたある部署のマネジャー、この方も数年前までは「一般社員として、おれはおかしい、これは間違っている」などと私たちに訴えてきた方、それが今やそんなことを言われる立場となって四苦八苦しています。(素晴らしい機会だな~)

こんなことを経て、視野が広がればいいなと思いますし、やはりその立場や役割の苦労、理解のされなさなどは、そんなことを経験してみて分かったりします。
それなのに部下たちの思いを、視野が狭いとか一方的な見方だと言わず、(たとえそうであっても)しっかり受け止めていかなければならないですし。(でなければやる気をなくしていく、そして辞めていくでしょう)

マネジメントするって胆力がいります。

私からはそのマネジャーのことを「こんなことがあって良かったな~これもまた経験だよな~」と思いますが、おそらく当の本人はショックだったり、「なぜ分かってくれないのだろう」なんて疑問でグルグルしているのでしょう。(これもまた“溝”ですね)

「乗り越えて欲しいな、これもまた一つの糧としてほしいな」と思いながら、今日そのマネジャーと面談していました。
決意新たに
昨年から取りかかり、今年3月に発注した事業所の建て替え工事が大詰めを迎えています。
来月行う内覧会や竣工式、旧事業所からの引っ越しの日程も決まりました。
(工事自体は旧事業所の解体や敷地の造成などがありますので、年末まで続きます)

しかしここまできても、設計の不手際、それに伴う施工会社との連携が十分でないこと等いろいろな問題が起こっています。

今日の建築工程会議の折、そのことで施工会社、設計士、弊社所長へと叱咤することになりました。ガツンと。
どんな仕事でも詰めが甘いと、あとあとつじつまがあわなくなったり、まして建築であればそれは露骨に現れます。とてもいびつなものになったり、使い勝手の悪いものになったり。

このことは建築工事全体についてもいえ、大詰めを迎えている今だからこそ改めて気を抜かず完成まで一気に仕上げてもらいたい。
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この2年、思いがけない後押しもあって、会社として立て続けに大規模な投資をしてきました。
今年だけで2度目の竣工式となります。
それに伴い社員も増えましたし、プレッシャーも増していきました。

先日地元企業が受注先大手メーカーの不振のよる受注減で70名の希望退職を募るという記事がでました。この記事によらずとも好調であった企業が、ほんの数年で凋落していく現実は、枚挙にいとまがありません。

それらを見ても、将来どうなるのかわからないなかで、投資してよいか、どのタイミングで投資するか、どれくらいの規模か、キャッシュフローは安全にまわるのかなど、とても難しい判断を迫られました。

しかし、ベースは「お客様から喜んでいただける事業所であり続けること」これに尽きると思っています。
そのことを忘れず、あきらめず、積み上げていこうと完成に近づく事業所を見て決意を新たにしました。
雨降って地固まる
先日ある部署のマネジャーから、先月突然お辞めになった元社員が新しい職場で、私たちの会社(その部署)のことを散々いっている、そういう噂がその方の代わりに入社することになった新社員の耳にまで入り、大丈夫なのかと不安になってしまっているという話を聞いた。

それでその新入社員は大丈夫かと聞くと、「若干不安もあるようでしたが落ち着いてます。」とのこと。
その部署の他の社員たちはどうか?と聞くと、「大丈夫です。あまり動じてません。むしろ、辞めていってよかったと話してます。」とのことであった

冷静な社員たちでよかった。
むしろ自分が一瞬怒りに燃え上がってしまった(反省)。

昨日その新入社員と面談をして、ぜひご自身の目で見てどういう職場であるのか判断してくださいと申し上げた。

気が合う方もいれば苦手な方もいて、いろいろな方がいる。真摯に向き合えばたいていの仕事はつらく厳しいもの。
しかもいくら自分が一生懸命やっているつもりでも、まわりの社員やお客様が認めてくれなければ、がんばっていることにはならない。

仕事や人間関係が残念ながら合わないこともある。
能力的にどうしても厳しいということもある。

しかしそこで得たご縁や経験はその方にとってかけがえないものだ。
にもかかわらず、その縁を自ら絶ち、経験から学ぶこともなく、さらに少し前までは同僚であり仲間であった方たちからの嫌忌を自らかったのだ。

その部署の社員たちにも、「そんなことを言われ、とても悔しいし哀しいとも思う(私自身も同様だ)が、同じ土俵には立たないように。自分で自分を貶めるようなことをしてはいけないよ。」と申し上げた。

全員一様にうなずいてくれた。

“雨降って地固まりまくり”(笑)
素晴らしい社員でよかった。
つくづく人に恵まれていると思います。
空から見たら
いつも見上げている空ですが、逆に空から見る自分はどんなふうに見えるのだろう。
飛行機からの景色を眺めながら、そんなことを思っていました。
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山形あたり?

そんなことを考えていたら、友人や前職でお世話になった先輩数人から、「私について」お話を聞く機会がありました。
思いがけず、今(またはその当時の)自分がどう思われていたかを知ることとなりました。

その当時のことを聞くにつれ、顔から火が出るほど恥ずかしい、稚拙なことをよくまぁやっていたものだと思います。
学習塾に勤めていた当時の私は仕事中、「常にピリピリしていて目が血走っていてとても怖かった」と、当時一緒に働いていた講師たちからも言われます。

あのときは(今と比べものにならないくらい)ほんとに余裕がなかったなと思います。
そして恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてきます。

友人たちにも、そして先輩からいろいろなことを聞くにつれ、やっぱり自分が考える自分と、まわりが感じている自分って、全然違うと感じます。
「そ、そうなの!そう思ってたの!」ってことがたくさんありました。

過去を振り返ってみて、同じことでも視点を変えると全く違ったものになる。

今、目の前のことでいっぱいいっぱいになっていても、俯瞰してみたら(空から見たら)結局ものすごく小さいことにこだわっていたり、囚われていたりするんだろうなと思います。

たまには視点を変えて見てみないとな、点検しないとなと思って、聞いていました。
そして俺ちっちゃいな~とつくづく思ったのでした。
熊野へ行ってきました3:たくさんの示唆
今回の熊野旅行でご一緒した方々がほんとに素晴らしかった。
その方たちの神社やお寺に対する姿勢、物事に対する立ち振る舞い、動きを見ているだけでもこの旅に参加した価値はあったのだと思うほど。

準備から当日のコーディネートまでほとんどのことをされていた方。
私自身、旅のことで何度かメールのやり取りをさせていただいたが、レスポンスのスピード、的確で明確な返答など、「このメールだけでもすごいな」と思っていた。
しかもそのやり取りを30名を超える参加者の方々から個別に来ると思うと、加えて相当な対応力、冷静さ(キャパの大きさ)、交渉力、調整力がないとできないと思う。(しかも別にご自身の仕事もされていたりもする)

さらにその方をサポートする方たちも、次に何が必要か、何があるのかということを察知して先に先に動いていた。
私たちの部屋が飲み会部屋になったのだが、一度敷かれた布団がいつのまにかきれいに片付けられていて、飲み会仕様へと変わっていたり。
いつ買い出しにいったのかわからなかったが、しっかりと各種お酒とおつまみが用意されていたり。
細かいことであるが、そんなことを積み上げていた。そこに打算的なものや利己的なものなどなかった。

そうであるのに、いつでもピリピリ張りつめているわけもなく、何もないときは自由にのんびりとリラックスされていた。
そのONとOFFの切り替えも素晴らしかった。

そのこと以外にも感じたことはたくさんある。
その方たちをさらに大きいところから見守っている方たちのことなど。

心地よい空間や時間になるためには、また滞りなく物事が進んでいくためには、入念な準備と着実な実行、そして突発的なことへの対応、参加者の協力と配慮、そういったものが不可欠だ。
そういうものを積み上げていって「なるようになる」ものだと改めて思った。

本来心地よい空間や時間とは受動的なものだったりする。「なんとなくここ心地良いね~」みたいな受け身で感じるものであったり。
しかし、ご一緒した方たちを見ていて、「自分たちが心地よいと思う空間と時間は、自分たちが創り出すもの」という、明確な意志も感じた。

一緒にいてこの方たち、ほんとすごい!あこがれるな~!と心底思ったのでした。
会社においても自分がどういう存在にならなければならないのか、どういう形の組織を目指していくか、そんなことのヒントまでいただいたように思う。

楽しく思い出深い旅となったのも、こういう方たちの掛け値ないサポートがあったからだと改めて感謝しています。
父の命日
今日は父の命日です。
2年前の今日亡くなりました。

思いがけず看取ることになってしまったあのときのことを、今もまだ落ちついた気持ちで思い出すことができません。


少し前、新しい事業所の案内看板を設置するための検討していたとき。
看板を設置したい場所が、住居の敷地内であったり、ある会社の壁であったりしたので、了解もらうのは厳しいだろう難しいだろうと思っていた。

つい先日、看板を建てるためにその所有者さんたちへお願いにいくと、もう皆さん二つ返事で「どうぞどうぞ」ということになってしまった。
交渉という交渉もなく、もうあれよあれよという間に話しがまとまってしまった。
しかも所有者の方どちらも、「お金もいらない、好きに使って」とのことであった。

所有者の方のお一人であるその家のおばあさんとお話させていただくと、「あんたが○○ちゃん(小さい頃から父のことを知っている方はみんな“ちゃん付け”で父のことを呼ぶ)の息子か?私は○○ちゃんと同じとこ(地域)から、ここに嫁にきたから小さい頃から知ってるんだよ~」とおっしゃっていた。

仕事をしているとこんなことがよくある。
なぜこんなうまく通るんだと思うと、父とご縁がある方だったりする。

無形であっても、これらもまた親父が遺してくれたものだなぁ、ありがたいなぁとしみじみ思います。
こうして話がまとまるのも、そしてそもそも仕事をしっかりとさせてもらえるのも、親父が積み上げてきたものがあるからだ。

そのことをまた心新たにしてまたがんばろうと思います。
熊野へ行ってきました2:無駄なことなんてない
例えば会社では、突然社員が退職したり、事故があったり、何かしらの設備トラブルがあったり、お客様から苦情があったりといろいろなことが起こります。
それらはいくら気をつけていても、自分がどんなに努力していても起こるときは起こるものです。
さらにそれらは時間もお金も労力もとられるようなことばかりで、ストレスも溜まるし疲れるしで、できれば避けたいこと。なのに起こってしまう。

そんな努力ではどうにもならないことや、思いがけず身に降りかかってくること。
私は、そんなことすべてに意味があると思っています。

「偶然などなく、起こることはすべて必要だから起こる」と。
(だから自分の身に降りかかることは全部逃げず全力で対処したいと思っています。できるできない関係なく、できる限りのことを全力でやる。)

先日の熊野旅行でも、そんなことを確信することができました。
起こることはすべて起こるべくして起こるのだと。

みんなで熊野三山と青岸渡寺をめぐっているところ、車であればそれほど時間がかからないところを歩くことになってしまった。そのお社まで車でいけたのだが、徒歩で登ることになったのだった。
そんなこともあり残念ながら、最後に行こうと計画していた場所に行くのは取り止めることになった。

その翌日少し時間があった私たち夫婦は個人的にその計画していた場所へ行きたいと思って行ってみた・・・するともう大変なことになってしまったのだった。
(何が起きたかは書くことができず・・・すみません)

やはりそうなるべくしてそうなっていたのだと、事が起こってから思ったのだった。(自分のアホ・・・)
行くべきところではなかったし、行かなくてもよいところであったのだ。だから行くことにはならなかったのだ。(なのに・・・俺ときたら・・・)

前日の「いくことができずに残念だな~」となった出来事や行動は、あれはあれで完璧であったのだとつくづく思いました。
ちゃんと行かなくていいようになっていた。行かせないようになっていたのだ。そういうふうになるようになっていたのだ。

私は神様や仏様を信じています。
今回のようなことがあって、私たちはちゃんと見られているんだなぁということを改めて感じました、というより確信にいたりました。

これが、昨日のブログでも書いた、この旅で得ることができた揺るぎないものうちの一つ。
熊野へ行ってきました
何からどう書けばいいのかわからない。
あまりに得るものが多く、まだまだ混乱しています。

そんな素晴らしい旅をしてきました。

先週末より、熊野へ旅行にいってきました。妻も一緒に。
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山と青岸渡寺を巡る旅。
各神社も素晴らしかったのですが、修験道で有名な熊野だけあり、その自然のスケールの大きさ、厳しさ、荒々しさを感じてきました。
そして昨年の水害の傷跡が今もそこかしこに残っていることには心が痛みました。

今回の旅は、学生のとき以来となる30名以上の団体旅行(!)
集団行動が苦手な私たちはどうなるのだろうと最初は不安に思っていましたが、そんなことどうでもいいと思うほど、楽しかったですし、何より勉強になりました。
そういう意味でもほんとにいろいろなことを学んだ旅でした。

そんな大勢で、しかも時間も限られるなかで向かう旅であれば、ある程度しっかりとした計画や準備が必要になるもの。
そして実際の行動でも、ある程度計画どおりに進めていかなければならないもの。

そういった一連の準備と進行を一致協力して進めていく様子を垣間見て、一緒に参加した方たちもそれをしっかりと自覚して行動されていたこと。
お互いにとって心地よい時間と空間にするために、自由でありつつも、互いをしっかりと配慮されていたこと。

そんなことの積み重ねが、大人数であってもとても楽な気持ちのいい旅行になるのだと思いました。

やっぱりそこに飲み物が用意されていたり、食事が用意されていることは、誰かが準備してくれているからそこにあるわけで、そんなあたりまえなことを改めて自覚しました。
(同じように、私たちが熊野に行っている間もしっかりと社員たちが会社をまわしてくれているから、旅行にも行けるわけですし。そして朝方4時近くまで続いた飲み会でも、そこで出る話題は聞き漏らすまいと思うものばかりでした。)

そして今、旅を経てなにやら確信のようなもの、心のなかに揺るぎないものができたように思います。

個人的には反省すべきことも多々ありましたが、こんな素晴らしい方たちと一緒に旅をすることができたこと、ご縁を深められたこと、そのこと自体私たち夫婦にとっての大きな財産(最高の思い出)となりました。

本当に行ってよかったと思う旅でした。
感謝を込めて。




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