日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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現実に対峙して、分析して、蓄積していく
事故やトラブル、災害など「望まない現実」にさらされることがある。

できればそれらは避けたいものだ。
しかし、望まなくとも起こるときは起こってしまう。

そんなときいつも自分に言い聞かせていることがある。
それらをまとめてみたい。

「その現実に対峙すること、逃げないこと」

トラブルというのはときにものすごい恐怖を伴うものだ。できれば起こってほしくない。
そしてそのトラブルで人を巻き込んでしまったり、人に苦痛を与えてしまったりすることもある。
そうしてあまりにも事態が大きかったりすると、もうどうしたらいいのかわからなくなったり、とにかく早く過ぎ去ってほしいと思う。

そんな恐怖と申し訳ない気持ちで一杯になっている自分でも、その現実からは目をそらさないようにする。
地震がきても、社員にトラブルが起こったときも、お客様に不快な思いや苦痛を与えてしまったことも、苦情やお叱りにもすべて対峙する。
冷静に対峙してそのときできること・考えつくことをとにかくやり続ける。
“指揮官先頭”の気持ちで最前線に立つ(というとかっこいいが、内心は血の気がひいて生きた心地もなくバクバクしてます)。
とにかく嵐が過ぎ去るのをただひたすら待つというのではなく、その嵐でもできることをやり続ける。

「分析する」

望まない現実に対峙している間はとにかくそのことへの対応に集中しなければならない。
しかし、その望まない現実がずっと続くことはない。いずれ過ぎ去る。
そして過ぎ去ったあとも大切だ。
なぜ起こったのか、起こったあとの対応はよかったか、起こらないためには今後何が必要か、それは仕組みか、知識か、設備かなどなど。
その現実をしっかりと分析し、そこから学べることをしっかり学ぶ。

「予期せぬ成功も変化をもたらすシグナルである」はドラッカーの言葉だが、その通りだ。
トラブル以外の、例えば予期しないお褒めの言葉やありがたい出来事でも、同じように分析する。
なぜお褒めいただいたのか、なぜうまくいったのか、どうすればこの状況がこれから続くのか、どんな仕組みが必要かなど。

“のど元すぎれば熱さ忘れる”でも、“終わりよければすべてよし”でも、“運がよかった”、“うまくいったからそれでいいじゃない”でもいけない。

「経験と理論を蓄積していく」

分析して分かったこと、ある種のセオリーのようなものがあればいいが、これにはこう対処したということだけでもいい。
とにかくその現実とその分析を蓄積していく。
それが活かせるかどうかは後回し。とにかく蓄積してとどめておく。

「現実に対峙して、分析して、経験と理論を蓄積していく」(そしてその蓄積を補完するための勉強も加わる)

だからといってトラブルや事故などが起こらないということもない、起こるときは起こる。
そしてまた過去に起こったことと全く同じことが起こることもほとんどない。毎回望まない“経験したことのない新たな”現実が起こる。蓄積し続けても、意味がないんじゃないか、無駄なんじゃないかと思うときもある。

しかしこのプロセスをあきらめずにやり続ける。

思いもよらないところでその蓄積が役に立つことがある。
一つ一つは全く違う出来事なのに、実は結びついていたということがある。
そしてその望まない現実を起こらないようにするための精度も上がり、過去のリスクが今日のリスクではなくなる。

そのリスクとは恐怖心など、主観的で内面的なことがほとんどだ。
恐怖心や苦痛、ストレスが少しずつ軽減される。
それをキャパが拡がったとか、懐が深くなった、乗り越えたなどというのでしょう。

まだまだ未熟なので、こうすることが正しいかはわからない。
しかしこれまでそのプロセスを経てきたことで、望まない現実が糧となってきたことも事実だ。
だから私はこのプロセスをやり続ける。ビクビクしながら。
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プロフェッショナル
例えば「ヒットの打ち方」というテーマでイチローと私が、一言一句同じことを話したとしてどちらの言葉が真実味をもっているだろうか。

先日「プロフェッショナルだな~」と思う方(正確には“たち”)にお会いした(お会いできた)。

お話させていただいたことへのレスポンスが明確で自信に満ちていた。
(もちろんお話いただいた内容も素晴らしいものであった)
これまでの積み上げてきた仕事・経験による言葉の力、重みがしっかりとあった。

どんなに素晴らしい内容のことを話しても、話している方にそれを裏打ちする努力と経験がなければなかなかその言葉に力は伴わない。

そういう様々な苦難を乗り越えてきた、そして努力を重ねてきた方がもっている言葉の重みとともに、その目、話しぶり、声のトーン、話し方、顔つきがその“重み”としっかりと一致していた。

人は見た目にすべてが出てしまう。
その方が話す雰囲気ですべてわかっちゃうものだと思った。

世の中は広い。この瞬間も努力されている方がたくさんいる。
どんな分野であれ、その道でしっかりご飯を食べている方はすごい(申し訳ないくらい安っぽい表現力だ)。

自分も選んだ道でそういうふうになれたらいいなと思う。
そうなるためには日々プレッシャーのなかで、その仕事なり出来事なりに全力で立ち向かい闘っていくしかないのでしょう。
そして日々鍛錬されているのでしょう。

あこがれるな~
人間関係というストレス
仕事上で人間関係のストレスを抱えている方はとても多い。ストレスのない人のほうが珍しい。
会社(社長)に対して、上司、同僚、部下に対して、お客様との関係などなどなど。

私自身もそうだ。仕事上の人間関係ではいろいろな悩みを抱えている。
社内だけではなく、社外でもいろいろな利害も絡んだ人間関係に巻き込まれるときもある。自分が何もしていなくても知らない間に巻き込まれていたりする。ときどきそういう関係から逃げ出したくなる。

かといって一人の力でできることはほとんどない。私個人ができることもほとんどない。
どんな素晴らしい能力や技術をもっていてもそれを具現化する“場”(会社だったり)がなければ、実現不可能だ。
そこは様々な専門性や技術をもっている方、そしてそういう方たちをまとめてくれる方、取引先の方、買ってくださるお客様、そういったまわりの人たちがいていただいて成り立つものだ。

結局そういう(ストレスにもなりうる)他者との関係のなかでしか自分の役割を具現化できない。

だからこそ、仕事に何を求めているのか、その仕事を通じて何ができるのか、その仕事を通して喜んでいただいている方・買っていただいている方のこと、その仕事を通じて自分はどうなりたいのか。
そういう大義・志のようなものにフォーカスしていきたいと思っている。

さらにそういう人間関係も俯瞰してみると、自分が嫌な思いをすることで人の痛みも知ることができる機会であったりもする。異動・出世すると立場、役割による視点の違いも経験できる。
(勤めているならそんな経験を、人のお金(会社のお金)で、さらにお金(給料)ももらえてできてしまう!なんてお得!)
組織上の人間関係はその会社を辞めれば途端に効力をもたなくなるものであるが故に、逆にたくさんのことを学べるいい機会だとも思う。

でなければどこにいこうと「人間関係のストレス」という呪縛からはなかなか抜け出せない。

人間関係も含めたまわりの環境からくるストレスを感じる暇はない!自分はこれをやりたい!というレベルまでいくのが理想だが、なかなか難しい。

私は「なんのためにこの仕事をしてるんだっけ」「自分はどう生きていきたいんだっけ」とときどき確認することで、なんとかその呪縛にはまらないようにしている。

「社員を守る」と思ったら、どんなに嫌われても(ときどき守りたいと思っている社員からも)、理不尽なことがあっても、罵声を浴びせられても、土下座をすることも全然平気なものです。
その機会をチャンスとみるか、リスクとみるか
社員たちのなかには、「異動」というと生活リズムや環境が一変するため、拒否反応を起こす方がいる。
今日もそんなことがあった。
ある部署をおまかせしている方に「こっちのほうでやってみるのはどう?」と聞くと、そんな反応が返ってきた。込み入った事情にて「気持ちになかなか余裕がない、その環境の変化に耐えられそうにない」とのことであった。あと2年くらいすれば・・・ともおっしゃっていた。

その事情もたしかに大変なものであるため、理解できる。
しかし、そういう機会はそもそもとても気まぐれだ。

様々な機会(しかも自分が望んだもの以外の“降ってくる”機会)は順番にやってくることはまずない。「これが終わったらできる」とか、「この状況は変わればいいのに」などと思っていても、そういうふうになることはまずない。
そういう機会はいろいろな出来事とだいたい同時に、並行して起こってくるものだ。

そしてまた“その方のため”に起こることもまずない。いろいろな兼ね合いやタイミングが重なり、そういう機会がやってきたりする。
今回の異動も、私がその社員のために行おうと思っていたわけではなく、育休明けの社員の復帰のことを考えていて、「これは両者のキャリアにとっていい機会となる」と思ったものでした。
後々「よし!今ならできる」と思ったときには、もうそんな状況ではなくなっていたりする。

こういうときにその機会をチャンスと前向きに捉えて、「こうすればできるんじゃないか」「まずやってみよう」となる方と、逆にリスクと捉えて、「今は余裕がない。これが終われば・・・こうなれば・・・」という方がいる。
様々な事情があるのでしょうし、未来だってどうなるかわからないものですが、そういう機会をチャンスとして考える人であってほしいと社員たちには思っています。

本人の考え方までは私が強制することはできない(異動は業務命令にすることはできますが)ので、「素晴らしい素質をもっている、キャリアにとってもいい機会となる」と思っても、本人の気持ちと事情を鑑みると、異動の意図や上記に書いたことなど話すことは話して、次の展開(やってみるのもよし、やらないのもよし)を待つことにしました。

いずれにせよその機会を思いきってガシッとつかまないと何も起こらない。
そしてそもそもすべての機会はチャンスと考えたほうが楽しいと思うのです。

共有できただけでもうれしい
先日いつも通っている理容店のオーナーさんと散髪しながら話し込んでしまった。

そのお店では従業員を募集しているがなかなか応募がないため、無資格の「見習い」希望の方まで裾野を拡げたら、数名の方が応募してきた。
お店としてもいろいろな制約がある「一人前に育てる」という決意と覚悟を相手に伝え、環境面と条件面等“現実”の厳しさを伝え、今後の覚悟をたずねたら、後日全員から辞退されてしまった。
そこでそのオーナーさんは「よかった」とホッとする反面、「ふられた」ような寂しさ、哀しさを感じてしまったとのこと。

このようなことは私にとっても日常茶飯事なので、とても共感しながらお聞きしていた。

採用や人事は本当に難しい。
私たちのような中小企業であればなおさら一人一人の力が重要になる。そのためその一人一人の影響力もとても大きい。

採用でも人事異動でも私たちの意図や思い通りにいくことはまずない。
もちろん性格、能力、動機、やる気、仕事への解釈など私たちがコントロールできないことも多い。
さらに職場の人間関係なども絡んでくる。

そういうなかでその方の長所・強みにフォーカスし、伝えられる限りの意図や役割を伝え、最終的には“信頼しておまかせする”。

“信頼しておまかせする”にはかなりの忍耐と根気、胆力がいる。
そしてときには軌道修正してもらうことも必要になる。その手段として叱咤する、諭す、褒める、励ますことを使い分けたりする。それらのバランス感覚も必要となる。
(もちろん自分が“出来てる”ということではありませんw)

立場が変われば見える景色も変わるものだからしょうがない。
そもそも私自身が望んでその役割をやっているのだから、それも受け入れましょう。
そして今の仕事をしていく限りこんな悩みはずーっと続いていくのでしょう。

だからこそこのことを共有できただけでもうれしかったな~
うん!けっこううれしかったな~!(笑)
不平不満の効用
つい先日、社員たちの会社に対する不平不満を人づてに聞く機会がありました。
内容は業務シフトの時間についての不満でした。
「この時間だと疲れる。前のほうがよかった」というよくあるパターンのものです。
(その部署ではこれまでなかったシフトでやっているため、それまでとは生活リズムも変わっていたのでしょう)

不平不満にもいろいろなパターンがありますが、今回の内容はある種とてもわかりやすいものでした。

Aという選択肢にもBという選択肢にもメリットとデメリットがありますが、AをとるとAのデメリットが不満となり、Bのメリットにフォーカスします。しかしBをとると今度は全く逆に同じことを言い始めます。ここらへんの構造はどんな選択をしても同様です。

このレベルのことを話している限り、その方の不平不満が解決することは永久にないでしょう。今回の件はまさにそれにあたりました。
ということは、不満を述べるその方の性質という話になります。その人の性質には立ち入ることはできません。

そしてそもそも本当にそれが問題なのであれば、部署として話し合い提案してくるのでしょう。
そんなところでしたので、私もそうですかと静観してました。

しかし、ここから以下のことを学ぶことができました。

これらのことは現場のマネジャーたちから聞いたのですが、そういう一連の不平不満を、現場のマネジャーたちが社員たちのガス抜きにちょうどいいと言って許容していました。
そのバランス感覚のよさにとても感動したこと。この方たちにその部署をおまかせしてよかったとあらためて思いました。

さらに、ある新入社員(業界経験は豊富)が、(そんな不平を言っている社員たちに)「それは私たちの前では言っていいけど、直接○○さん(上司)や○○(私)にいってはいけないよ。」と言っていたというのも聞きました。

「お!あの方はこの話の本質を分かっているんだな~、普通の社員とは違う視点も持ち合わせているんだな~」と思いました。
すなわちその不満の本質を理解した上で、私や直接の上司ができる対処法も理解している。
さらにその対処法が不平不満を取り除くものではないことも分かっているのでしょう。

そのような新入社員の考え方まで知ることができました。
そういう視点を持っていることがわかるだけでも嬉しいものです。
今後いろいろな役割を担えるのではないかという期待がもてるからです。

そんな不平不満の効用もあるのだと思います。
いつだって何かを学ぶ機会となるものですね。
個人的に注目したいニュース
今日は個人的に注目したいニュースがありました。
備忘録としても含めて、そのことを書いておきたいと思います。

北海道が地盤の食品スーパーのアークスが岩手県地盤のジョイスを株式交換にて経営統合すると発表がありました。
食品スーパーのアークス、ジョイスを子会社化(全国的にはあまり大きいニュースにはなっていません。ここ秋田県でもそれほど大きいニュースにはなっていないと思います)
私も証券会社のニュースをチェックしていて知りました。

このアークスは昨年にも青森地盤のユニバースも子会社化しており、そのときから注目していました。
数ヶ月前の東洋経済にも、アークスの社長の「4000億までなら、自力で到達できるが、それ以上は無理。積極的にM&Aする」といった記事があったように、積極的に買収していく姿勢を見せています。
今回買収されたジョイスは岩手県最大の食品スーパー(売上げ300億)ですが、こうした姿勢の一環だと思われます。ジョイスもまたこの規模では今後独立しながら成長することは厳しいという判断があったのだと思います。

このニュースを受けて、2点注目しています。

まず秋田県内の食品スーパーの動向です。
秋田県内には県北地盤の「いとく」というスーパーがあります。売上げ規模は430億です。
ここが最近県南地盤の「タカヤナギ」(売上げ220億)というスーパーと持ち株会社で経営統合しました。

この経営統合もこうした動きを意識したものであると考えますが、この両者が統合したとしても規模としては、イオンやアークスと比べるとかなり厳しいだろうと思われます。
これらの会社が今後どのような戦略を立てていくのか、独立独歩でいくのか、それとも合併していくのか、それぞれの道でどのように今の経営陣が考えるのか注目しています。

2点目はアークスの買収後の体制についてです。
これらの中規模スーパーはどれも同族色の強いスーパーです。しかもユニバースは赤字で行き詰まっていたわけではありませんでした。
そういう企業をどのようにまとめていくのか、今のところ統一した店名などにすることなく、持ち株会社に統合してきたそれぞれの店名と会社をぶら下げるような形をとっていますが、このままこの形でいくのか。
統合した先の経営陣をどう処遇していくのか、ある程度の独自色を許容していくのか、どのようなやり方をとるのか注目しています。

さらにこのあと順調に規模が拡大していくと、イオンや関東ではライフなどと競合していくと思われますが、それもまたしっかりと見ていたいと思います。

こうしたことをしっかりと注目して見ていくことが、自分の今後の会社の舵取りにも役に立つと思っています。
というよりも、私自身はっきりとある意図をもって注目しています。もちろん未来はまだわかりませんが。

その環境のなかでどう決断して、その後どうなっていくのか、社会の動きは本当に勉強になります。
コンダクター
数年前に夏目房之介さんのブログを拝見していると、こんなエピソードが載っていた。

“娘さんの学校のオーケストラに、先輩として小澤征爾さんが指揮をすることになり、その演奏会にいった。いざ演奏を聞くと、以前聞いたときよりも数段うまくなっていた。
終了後に娘さんに「すごくうまくなったな~ずいぶん練習したんだろ」と聞くと、本人からは「自分たちがびっくりした!え~こんな音出せるの!私たちってこんなにうまかったっけ?と思いながら演奏してた」といわれ、本人たちが一番びっくりしていた。”という(うる覚えです)。

指揮者によってこうも変わるのか!とこの話にとても感動した私は、海外のオーケストラに在籍している同級生が帰国したときに聞いてみた。
プロのオーケストラでも指揮者によって、音の出方が全然違う(自分の想像以上の音が出る)ときがあるのかと。

するとその同級生は「ある」と答えてくれた。
コミュニケーション能力の高い方のときがとてもいい演奏ができるといっていたが、そうしたことを超えて、なぜこんな音がでるのか!と自分たちも驚くときがあると言っていた。
しかも世界的に有名な方に限らないともいっていた。

逆に「こりゃだめだ」というときもあるとも言っていました。そうすると一気にコンサートマスターにメンバーの意識が集中すると。
「これはだめだから、あとは俺たちでやろう」みたいになるらしいです。

そんなお話を聞けて、とても勉強になりました。

どこの世界でもコンダクターの役割が重要であることは言うまでもないのですが、自分も社員たちが思っている以上の力を引き出せるようになりたいと思います。

たぶんそのためには日頃の努力が欠かせないことと、 起こることから逃げず、いろいろなことに挑戦していく姿勢が最低限必要なのでしょう。がんばろっと。
衝動
体調不良にて・・・
今日もまだもう少し様子をみようと、職場へはゆっくりいこうと思い、別な所用をたしていると、なんだか焦るような、そわそわするような気持ちになりました。

仕事がしたい!職場へいきたい!という衝動がわき上がってきて、その用事を待っていることがとても苦痛になってきてしまいました。

この衝動について、少し冷静になって考えてみると、体調が回復してきたため、通常考えていることに頭のモードが戻ったということなんだろうと思います。

体調不良から「回復した」という意識よりも、仕事や運動のこと、すなわち日常のことを考えられるようになることが、回復したというなによりの証しなのでしょう。

そしてその間も少しずつ“気”が満ちてくる(戻ってくる)ような感覚があります。

まだまだ心と体がいまいち一致しておらず、衝動と行動が先走ってしまって体にはかなりきつく重く感じられることもありますが、そんな衝動がふつふつとわき上がってきてよかった。

また仕事も含めていろいろなことをやっていきたいと思います。(休むときは休んで)

そういえば体調不良になる直前に、ある方から素晴らしい機会のお話がありました。
早くとも7月くらいのことになるため、まだどうなるかわかりませんが、いただけるご縁・機会は積極的に活かしてまた次の機会につなげられればいいなと思います。
そのためにもいただいた仕事を全力で全うし喜んでいただければいいなとも思います。

体はありがたいな~
転機
昨日夕方から体調を崩してしまいました。
いきなり鈍器で殴られたような偏頭痛に襲われてました。
今日も点滴してもらいだいぶ楽になりましたが、まだまだ身体と頭が重いです。
偏頭痛は地獄ですね。

このような症状になるときは年に一度あるかないかではありますが、環境がガラッと変わったり、とにかくものすごい疲労とストレスがたまっているときだったりするのが、いつも起こってみて気づくことです。

そしてこのような無自覚というのがとても恐ろしいものだと思います。
自分でも体調が悪いなという自覚があったわけでもなく、まわりからも言われていたわけでもなかったのですが。
ただもう最近はいろいろなことにプレッシャーとストレス、時間のやりくりが大変だったことはありました。そういうことにも慣れていたとも思っていたのですが…。

起こってみて初めてそうだったということはこれまでも何度かありましたが、そろそろ変わらなければいけないのかもしれません。
起こる前にというか起こらないように少しゆるめることも覚えていく。
これもまた一つの転機なのかもしれません。
(行きたい空手を休まなければならないなんて本当に残念。そういう意味でも体調管理は大切だな~)

今回のことでまわりから(ほぼ身内から)、
まじめすぎる
もう少し肩の力を抜け
ゆるめるところはゆるめろ
全部やろうとするな
冷たいものを飲むな
身体を冷やすな

などなど、なんともありがたい忠言をたくさんちょうだいいたしました(汗)。
そのようなことを言っていただけることに幸せと感謝を感じています。

変わらないとな~
惜別
「一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ」
蘇洵「管仲論」

昨日取引先金融機関の支店長さんが交代となり、その歓送迎会が行われた。

栄転される支店長さんがこちらに転勤となったときと、父が亡くなったときが重なっており、その葬儀にて初めてお会いしたようなものであった。
それからさもすれば、父子(といってもいい)ほど歳が離れているのに、どういうわけかとても気にかけてくださり、個人的にもとても懇意にさせていただいていた。

「俺がいるうちに酒を鍛える」(私は飲み会やお酒がどちらかというと苦手)と言ってくださり、時間があれば二人でお酒を飲みに連れていってくださった。
そのおかげでだいぶお酒に強くなれたような気がします・・・。

そしてそれ以外にも、感じたことがあった。
それが上記のような言葉だ。(大げさな言い方かもしれません)

そのマネジャーのモチベーションによってそのお店(支店)の雰囲気は全然変わってくる。ということを今回もしっかり見させていただいた。
どこの金融機関さんも支店長さんはだいたい2年で転勤となるため、そういった変化は他の業界と比べてとてもわかりやすい。

転勤されてきた3ヶ月後のお店の雰囲気によって、その支店長さんのやる気がだいたい分かってしまう。

転勤していく方が支店長になって、その支店の雰囲気などはとても変わった。
店外、店内の内装などや配置、その応対、そこに付随する営業などがものすごく明るくなったし、積極的にもなった。
お客さんの動向にも目を配るようになった。私が(窓口からはほとんど死角となっている)ATMに寄ったときに奥から出てくることもあった。
(その支店長さんはお客さんをみると、どういう用件でいらしたのかがだいたいわかると言っていた)

もしかすると行員の方たちにとっては大変ではなかったかと思う。
かなり厳しい上司であったのだろうという想像もできる。

しかしその組織を一つの方向にまとめるという目線でみると、とても素晴らしい上司であったと思うし、勉強になる方であったとも思う。(私もたくさん勉強させていただきました)


国という単位でなくとも、その組織はそのマネジャーの心持ちを映したものになるものだと改めて感じた。会社の有り様はその社長の心持ちを映した鑑であるのだと。
それは会社でも、支店でも営業所でも部でも課でもどんな単位でも同じだ。

いろいろなことを教えてくださり、学ばせていただいただけに異動となるのはとても寂しい。
しかし、これからもこのご縁は続いていく。
このような事例を目の当たりにして、私自身も引き締めて仕事に励んでいきたい。
困難な状況に相対する
社員たちがいろいろなところで相対する困難な状況がある。
私がその場に居合わせることはまれで、ほぼ事後報告だ。

今日もそんなことがあった。
朝方連絡がきて、さきほどまで状況確認やその後の対応について話し合っていた。
今回の件では私たちには何も後ろめたいことややましいことがあるわけではない。

私が住むこの小さな町が抱えている問題(地方ではどこもそうかもしれない)に巻き込まれてしまったようなものだ。ある当然受けるべきサービスが受けられない状況があって、たらいまわされるようなことがあった。

朝方には話を複雑にしたある大きな組織から謝罪の電話がきた。
月曜は私も先方の偉い方と確認も含めたお話をしたいと思っている。

困難な状況を対応した社員たちは疲れ果て、少し涙目になっていた。
そういうときの社員たちの顔を見るのはとてもつらい。

状況を確認し、その対応の改善すべきところを把握し、次につなげる。
それが終わればあとは励まし、共感すること以外できることはあまりない。

それくらいしかできない。自分の力などとても小さい。

そのなかである社員から「自分にとってものすごく勉強になりました!」と言われたことに私のほうが勇気づけられた。

まずは“聞く”“受け止める”
「聞く姿勢、聞く態度を見れば、その人の練れ具合がわかる」とは小宮一慶さんの言葉だ。

ここ数日先々月開設した新しい事業所の社員たちの思いをいろいろお聞きしている。
今日もある社員と二時間ほど職場で話しをして、さきほど帰ってきた。
できたばかりのこの職場に対する不安や不満をたくさんおっしゃっていた。

身内からのそういう話はとてもつらいし哀しいものだ。
そういうことを聞いているときが、「立場上の孤独」を一番感じるときかもしれない。

だけどそういう思いをぶつけてくれるのは、とてもありがたいことでもある。

そういう不安や不満はその方のこの職場に対する期待ややる気の裏返しであることも多い。だからこそその思いを現実にすり合わせられるところはすり合わせていけるようにしたいとも思う。

以前であれば、「愚痴や不平不満は一切受け付けない。問題があればそれを明らかにし、その解決方法まで考えて私のところに来てください」と申し上げていたときもあった。
しかし聞く、受け止めるということが、(その不満が実際解決できるかどうかは別として)社員たちの“裏返し”の気持ちを汲むことでもあるのだと思うようにしてからは、できる限り聞くようにしている。

今日もしっかりと聞くことができただろうか、その方の思いをまずは受け止めることができただろうかと思います。
いろいろなことをしっかりと聞いて受け止められる人になりたい。挑戦の日々です。

すばらしい仲間とともに
今日は辞令交付を行う。普通は年度初め(2日)であるが、間に合わなかった・・・。
社員たちの思いをできるだけ受けとめるため、お一人ずつ個別にお話しながらお渡しするようにしている。
人数が多くなってしまい、全員にお渡しするのに数日かかってしまうのですが。

お渡ししているときの社員たちのお話、表情や雰囲気がとてもいい。
皆さんのやる気がとても伝わってきて、素直にうれしい。
あるあまり望ましくない現状に対して「私もそう思ってました。なんとか改善できるようにしたいと思います」という言葉等、本当に励まされている。

今回年度末で自己都合退職される方もお一人だけであった。
まわりの会社では人手が足りないというお話をたくさん聞くが、私たちの会社では人手が足りなくなることは今のところなかった。
これも本当にありがたいことだ。

今回唯一年度末でお辞めになった方(設立以来の超ベテラン)の送別に、以前うちの会社に勤めていて退職された方(私も存じ上げない方も多数)が大集合してお見送りしたいから場所を貸してほしいとの話がきた。もちろん使っていただいたが、その方の人望の厚さに驚くとともに、皆さんこの会社から辞めたあともこうして集まれるほど、連絡をとりあえることもなんともすばらしいことだ。
しかも世代性別を問わず、多くの方がいらしていた。この会社にお勤めしてくださり、様々なご縁ができて、それが辞めたあともさらに続いていることがとてもうれしい。

これからも現役の社員たちにとっても、そしていつか袂を分かつことがあったとしても、この会社にいてよかったと言って頂けるよう努力していきたいと誓う年度初めであった。

すばらしい社員たちと喜んでいただけるものを一つずつ築き上げていきたいと思う。




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