日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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やってはいけない
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大人の事情
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自分に言い聞かせる
世の中には理不尽なことや不条理なことはたくさんある。
それらに腹が立つこともいくらでもある。

今日もそんなことがあった。
ある特殊な領域でその地域を独占している組織から、どう考えてもおかしなことを言われる。
それはその組織の存在意義がなくなるようなことだった。

例えるなら、具合が悪いから病院にいったら、「来るな!」と言われるようなものだ。(我ながらいろんな意味でいい例えだw)

うちの社員からそのようなことを聞いて、怒りにうち震えてしまい、「どういうことですか?」と先方に話したが、相手も現場レベルの方であったためなしのつぶてであった。

稚拙であった。そのやり方では何も変わらない。現場レベルの方もそれが仕事なのだ。仕事だからやっているだけだ。

そして主張に主張という真っ向勝負では勝ち負けになってしまう。
勝ち負けは結局禍根を残すことが多いし、勝ち負けがそもそもつかないことがほとんどだ。互いに投げっぱなしでよいからだ。

怒りという感情にまかせて行動してきて多くの失敗をしてきた。そして人を傷つけることもたくさんあった。
怒るという感情を不合理に吐き散らすことはしてこなかったと思うが、いったんその感情に支配されてしまうとまわりが見えなくなったりもした。

怒りではなく、理性で考えていかねばならない。
そして情熱という感情をもって行動を起こそう。
戦うところは戦い、譲るところは譲って解決策を探っていかなければならない。

自分の主張が勝った負けたなどはどうでもいいことだ。(もちろん徹底的に戦う場面もありますが)
互いが納得して、それぞれの責任や仕事を全うできるようになればいいのだ。

まだまだ青い。
そんなことを自分に言い聞かせる出来事でした。ほんと青い。
宝ものがまた一つ
昨年9月より先月まで一緒にダイエットにチャレンジして見事達成した友人がいる。
「約束を守る:ダイエットをした友人」にも書いた方だ。

昨日その友人より素敵なプレゼントをいただきました。

宝もの(名前の刻印もあり)
ネームの刻印あり。

ダイエットをしてやせたこともすばらしいが、何かをやると決めてそれを実行し、しっかり達成したこと、そしてそういう経験を経たことでの自信が満ち満ちていて、とても輝いていた。

やせたことも嬉しいが、顔つきも雰囲気も数ヶ月前よりも、一つの経験を乗り越えキリリと引き締まったものになっていた。それもまた嬉しい。(大変僭越ですが…)
しかも今もしっかりと食べる量や内容をしっかりと把握していることにも敬意を表したい。

そのプレゼントとともにお手紙までいただいた。
ダイエットによって直接得られたものもそうだが、そのプロセスのなかで不安や迷いを抱えながらも少しずつ進んでいったこと、そして私がその友人に対してとったスタンスなどを理解してくれていることが綴られていて、とても感動して泣けてきた。

「人生を変えてくれてありがとう」という言葉(私が変えたのではなく、本人が変わったのだと思う)、そしてこのお手紙、ネーム入りのペン。
これもまた自分にとっては本当にうれしい思いがけないギフトです。

宝ものがまた一つできました。感謝。


動機が変われば
ほぼ毎日運動するようなスケジュールを組んでいる。
週二回の筋トレと週二回の空手、その合間の5km~10kmのランニングというふうに。

ここ最近自分のなかで「運動」の立ち位置が変化している。

これまではなぜ運動するかといえば、体を動かすことが嫌いじゃないのもあるが、体型維持というものがあった。

しかしここ数ヶ月で運動をする動機が変化した。

その主な要因は自分の環境の変化だ。
いま私のまわりでは大きな変化が起きている。
自分が望む変化と望まれた変化が同時に進んでいる。

このあと私の立ち位置や役割が大きく変わっていく予感がしている。
今は自分にとって大きな節目なんだと勝手に思うようになった。

節目にあたり、もう一段身体を作りあげたい。
「これはまずい」でも触れたが、今のままの状態ではキャパが足りなさそうな気がする。
そして余裕をもって事にあたりたい。その場その瞬間の決断を間違えないためにも。

これまでは「自分のため」であったが、これからはそういう「自分の役割をしっかりと果たすため」に運動したい。

同じ行為でも動機が変われば、その意味も変わってくる。
もう一度自分の環境も規定し直そう。(うーむ、哲学的でわかりにくい言い方だ)

さて身体を鍛えて備えよう。
何に?・・・何かに!(笑)

帰ってほしい、休んでほしい
私は社員が残業しているのは好きではない。
あと休日出勤しているのも同様に好きではない。

定時で帰ってもらうことを良しとする職場でありたい。
そのため長時間働かないと仕事がまわらないというのは会社側の責任だと思っている。(ただし、個人のスキルの問題であれば、その個人には努力してもらいますし、できなければ辞めてもらいます。)

残業代などの労務管理的な問題ではない。
人間はそれほど長時間集中できないし、ものすごい非効率になると思っているからだ。
しかも私が携わっている業態は人が相手のサービス業だ。
社員がものすごく疲労していたり、とてもつらい状況であるのに、お客様に喜んでいただこうなんてできるわけはないと思っている。その他にもお客様も社員も怪我などの事故が起こることを防ぎたいというのもある。

相手が人であればこそ、仕事をする時間はとにかくお客様に集中してほしいと思っている。
そのための職場環境作りも自分の役割だ。

昼休みは横になって数分でも眠れるようにしたい。そのため休憩室はすべて畳かカーペットにしている。
普通に定時で家に帰って家族や友達とご飯食べたり、趣味など好きな時間を過ごすなどして、しっかりとリフレッシュしてきてほしい。そのほうが効率的かつ能動的に仕事ができると思っている。やらされてる感たっぷりに接せられても、たとえそれが役に立っていたとしても誰もうれしいとは思ってくれない。

ここ数週間、開設したばかりの事業所のマネジャーたちがもう物理的に帰れないという状態になっていた。開設直後にはどうしてもその方たちに仕事が集中することになり、なかなか帰れなくなっていた。私が「帰ってくれ」というもの逆に無責任のような状態であった。

金銭的に報いることはできても、疲労までは落とすことはできない。とても心配していた。

それが今日定時を過ぎてから、その事業所へ行くとちゃんと帰っていた。
しかもそのマネジャーたちが帰れるというのはいろいろなことを物語っている。とてもうれしいことだ。

いい仕事をするにはしっかりと休む、遊ぶというのは大切なことだ思っています。
備忘録:ライフネット生命株式会社:岩瀬大輔さん講演会
2012年2月6日に仙台で行われた講演を備忘録としてまとめる。
やっとまとめられた・・・。

開成→東大(在学中に司法試験合格)→HBS:ハーバードビジネススクール(MBA)ベイカースカラー(成績上位5%以内)(笑ってしまうほど隙のない経歴)
ハーバード時代の思い出と学んだこと
・チャレンジしろといわれ続ける
・社会にどんな足跡を残すか

人生とは旅、旅そのものが目的(三木清『人生論ノート』:「旅について」とシンクロ)
ビジネスを苦労しながらやる。それこそが目的。
お金を稼ぐのはその結果でしかない。

なぜベンチャー?~いろいろな方たちとの出会い

「大きな市場に、大きな非効率があって、大きな変化が起こる」
大きな市場:生保40兆円市場
大きな非効率:保障金額は世界トップレベル、保険料も世界と比較して何倍も高い、保険料の60%が保険のおばちゃんたちを支えるための経費、規制で守られている
大きな変化が起こる:規制から自由化への変化、保険料の自由化

保険でベンチャーっておもしろい!

必要なもの:人・モノ・金(100億必要)・免許(金融庁との交渉)
ベンチャーはどれだけいい仲間を船に乗せられるかがカギ。
チームを組むときは自分とは違う人、全く違うスキルを持っている人とやる。
保険業界にいない人、知らない人とどんどんやりたい:マーケティング担当はスタバやGABA出身
自分30歳、社長58歳のコンビでスタート。

始めてみるとブレイクすると思ったが大苦戦。
ライバルが値下げ→保険料最安の看板がなくなる
セミナーもだめ
広告もだめ・・・さあ、どうする?

できることなんでもやる作戦
リアルコミュニケーションが大切:ネットだからこそ人肌感が大切、「買う」ということは価値観を共感しているということ。共感を呼ぶマーケティング。物語を語る。(知名度を上げるための方策を9つ列挙)

そのなかで一番反響があったもの:保険料の原価を開示
それまでブラックボックスであった原価を開示することでいかに高い保険料を支払っているかが明らかに。保険業界から怨嗟の声が上がる。その怨嗟の声がヤフートピックスで取り上げられ、HPへのアクセスが急増。応援の声もあった。
さらに本を出版しまくる。保険のことは知らなかった。しかし背伸びしてとにかく書く!やる!まだ詳しくないからとかまだ早いなど関係ない。
分からなければ聞けばいい。

能力の差というのはそれほどないが、行動力のみ差がつく!(ここ重要!!)

聞きながら本を書いたら、玄人扱いしてくれ、さらに保険が詳しくなっていく。好循環。

(社長の出口さん曰く)経営者の役割を3つしかない
・一人でも多くの人に営業しろ
・将来のことを考えろ
・一人一人の社員が明るく元気に楽しく働ける場所を作る
(社長の出口曰く)自分が会社を興して一番よかったと思うところは・・・運動部が8つできたこと
運動部が8つもできるほどの仲間がいる会社となったこと。

ベンチャーというと、何か革新的なアイデアや技術が必要だと思うかもしれないがそうではない。
何をやるかというより、誰とやるか、魅力的な仲間と過ごすか

・自分にしかできない「何か」をやっていきたい
・社会に「足跡」を残したい

自分にはまだ早いとか関係ない
~ブカブカの服を着ながら、それに合うような体型になっていこうとすること。

勉強でも何でも、予習:2 本番:2 復習:6の割合が大切だと思っている。
すなわち復習が一番大切だ。振り返ることが大切。

今の日本で私たちが起業する際の最大のリスクは「破綻」ではない。
破綻したからご飯が食べられなくなることはまずない。命をとられることもない。
最大のリスクは「かっこ悪いこと」それ以外にないのではないか。
失敗したらかっこ悪いと思って行動していない人がとても多い。
自分の話を聞いていても、おそらく明日からこうしようと実践する人は1%もいないと思う。

行動力のみが差をつくる。能力の差はそれほどもない。
とにかく行動をおこそう。


感想
とてもフランクで軽やかな印象
冷静に現実をみつめ、その現実に幻滅しているところもあるが、淡々と自分がやれることをやろうとしている。
その現実に対して扇動的になったり、逆に傍観的でも評論的でもないところもすばらしい。
情熱的ではあるが、それをほとばしらせてないのもすごい

・何をやるかよりも、誰とやるかが重要
・行動を起こす、行動力のみが他者との差となる。
このことを聞けただけでも、行った甲斐があった。

その方の立ち振る舞いや雰囲気(オーラというのかな)、プレゼンの仕方など実際会ってみてわかることはたくさんある。同じ30代としてとても励みになった。

私も行動者でありたい、実践者でありたい。だからこそそれらを支える知識と勇気と健康な体を作っていかねば。
それぞれの悩み
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「終わりは始まり」
今日は全部署の責任者が集まる会議であった。
そこで長く現場を統括していただいていた方の退職を発表させていただいた。
設立当初から勤めていただいていた方で、私たちからもそして部下からもとても信頼されていた方であった。

先月半ばに言われていたが、社内でもとても重要な役割を担っていただいていただけに率直にいえば痛手であった。昨年から体調がおかしかったそうで、私の不適も恥じた。

やはりその方がお辞めになるということはいろいろなところで組織体制の見直しがでてくる。単純な異動だけではすまない。
ここ数週間、私たちの組織が進むべき方向は、どのような体制にするか、誰に何を担ってもらおうか、後任は、そうしたことをずっと考えていた。

少し時間がかかってしまったが、この方が退職されればされたなりの新たな人材と体制ができるのではないかと前向きに考えるようにもなれた。

結果、紆余曲折を経て納まるところに納まったと思う。(自分が決断しているんですけどね。納まるところに納まったという表現がしっくりきます)

とてもありがたいことに、その後任となる方をはじめ、新しいポジションと役割を担ってもらおうと思っている方たちは、不安ながらもとても前向きに挑もうとしてくれている。モティベーションも高い。
そういう気持ちが伝わってきて、私もとても勇気づけられている。

その他にも社内的にいろいろな変化が起こっていて、今はもういろんなことが更新される時期なのかもしれないなとも思う。(だからこそ、心身ともに鍛えねば)

「終わりは始まりです。終わらなければ始まりません。」という言葉は尊敬している方からお聞きした言葉だが、ほんとにそうだと実感していますし、これはこれでよいことなのでしょう。
もちろん袂を分かつことの一抹の寂しさと、新たに生まれ変わった・更新された組織への期待と不安が胸間を締めつけていますが・・・。

さて、お客様も社員も喜んでいただけるものを築いていこう。


ファーストリテイリングの柳井さんも同じことを言っていて「あの規模になってもそうなのか」と驚きましたが、社員から「ちょっとお話があるんです…」と言われるとドキッと緊張します。たぶん慣れることはないんだろうなと思います。

先日も社員から「ちょっとお話が・・・」と言われ、ドキドキしながら、そして覚悟を決めて聞いてみると、「レーシック手術を受けたいのでお休みとってもいいですか」でした。
私は「どうぞ~」と返答しましたが、体がヘナヘナとなっていたのには気づかれなかったはず!(笑)
これはまずい
期末を迎えて、来期のことを考える時期ということもあり、また現在進行中のプロジェクトもあるなど、様々な案件が同時進行中です。
建築会議から来年度予算などその場その場で頭のモードをガラリと変えなければいけない。

そんなことで、もう時間と思考がかなり切羽詰まっている。
体が全く空かないため集中力が続かず、これでは不十分と思っていてもある程度のところで妥協して決断してしまうようになってきている。

日々変わっていく自分の環境や役割に、自分の知識と体力が追いつかなくなってしまっている。
キャパが足りなくなっている。

これはまずい。

そんな現状を打破するため、より一層体力をつけなければならないし、より一層勉強しなければならない。
一段階でも二段階でも知識と体力をレベルアップさせたい。

知識があっても、体力がなければ集中できない。そのため判断を誤る。
逆に体力があっても、知識がなければ、判断が偏る。どちらも可能性の問題ですが。

そんな判断の影響を自分一人で受けるならまだよいが、組織である以上いろいろな方に迷惑をかけてしまう。これはほんとにまずい。

その知識と体力はいろいろな経験を積むことでも身につけられるとも思うが、修羅場の経験などは自分でコントロールして経験できるわけではない。
望んで挑む場合もあるが、降ってきたり起こってしまうことのほうが多い。
もちろんそこで逃げずに挑むこと、できることをしっかりやっていくことも大切だ。

しかし、体力作りや勉強は自分でやれることだ。
筋トレ・空手・ランニング、そして読書の時間を毎日しっかりとれるようにしたい。
しっかりとした仕事をするために、そうした自分でやれることをやり続けることを、自分自身が求めている(ような気がする・・・)。
マネジメントの力
ドラッカーはマネジメントを次のように定義している。
「組織をして成果を上げさせるための道具・機能・機関」

先月開設した新しい事業所を建設する際に、このことが全く機能しなかったことがある。
建物を建築する施工会社と施工監理する建築士に信頼関係が醸成されなかったのだ。というよりむしろ対立するような図式ができてしまっていた。

具体的にいうと、設計士が仕様を金額的な裏付けのないままどんどん変更していた。それは図面が不十分だったことと、設計士の思慮が欠けていたことに大体は起因している。しかもそのような変更を施主である私たちも知らされてなかったこともあった。

建物の形・意匠などはとても満足がいくものであったし、建物自体も滞りなくできた。しかし、設計士として正確かつ整合性のとれた図面を引いていなかったこと、そして現場の下請けも含めた様々な業者をまとめる施工管理していくマネジャーとしては失格であった。

私たちも悪かった。その設計士にまかせきりにして建築会議には参加していなかった。
気づいたときには、様々なところでそのひづみがでているときであった。

そして奇しくも入札を経て、今度の工事も設計士、施工会社ともに全く同じメンバーでの工事となる。
もう同じ轍を踏まないようにしたい。今回はいろいろな面で前回の教訓を活かすために様々な手を打った。

そうした様々な手のなかで、今度は私がすべての打ち合わせ(建築会議)に入ることとした。
私は建築の専門家でもないし、構造計算もできない、設備などの専門家でもない、しかしそのプロジェクトのメンバーをまとめる役割ならばできる!と思っている。

施主・建設会社・施工監理(設計士)の3社が一つのチームとして「組織をして成果を上げさせるための道具・機能・機関」であるようにしたい。
そしてこの工事に関わるすべての方が喜んで(もちろんしっかりと儲かるように)、それぞれの専門性をフルに発揮してもらうようにしたいと思う。さらに前の工事での対立を融和する方向にももっていきたいとも思っている。
今回はそのための機会でもあると勝手に思っている。

そしてその建物を利用してくださる方が喜んでいただけるようなものを造るという事業の目的を果たそう。


今日はそのこれから取り組むべきプロジェクトの地鎮祭であった。
予報は雪だったが、快晴のなか執り行うことができた。

そしてそんなことを誓った日でもあった。
私が持ちうる限りのマネジメントの力を注ぎ込もう。
いつもと変わらない日常こそ
東日本大震災から一年経とうとしている。
あの震災の日のこと、そしてその後の混乱を忘れることはできない。
震災後の3週間は本当に生きた心地がしなかった。

とてもありがたいこともたくさんあった。
招集をかけていないにもかかわらず、停電していることを察してものすごい数の職員が自発的に出勤してくれたり、市役所から大量のストーブを貸していただいたり、お客様から大量のお米をいただいたり、本当にたくさんのご支援をいただいたりした。

数十年前に起きた日本海中部地震でもちょうど一年後に大きな余震があったこともあり、また思うところもあり、昨日社内の管理職の方たちを集めて、災害用に揃えた備品の確認を行った。
また消耗品関係の在庫を少し増やすこともした。
食料と暖房と照明は私の職場において必要不可欠なものだ。再点検した。

あのときの経験はできればしたくないものだが、そういう経験を経たからこそ、できること・備えられることがたくさんある。

今も社員から「去年に比べたら、備品がかなり揃っているのでできることが大幅に増えました」、「どういう状況になるか、そしてどんなことが必要かはもう経験して分かっているので、それをやりますので大丈夫ですよ」と言ってくれた。
こんな心強い社員でいてくれるのも震災の経験があったおかげだ。

震災の一ヶ月後に友人に会いにいった広島にて、コンビニの棚が商品で埋まっていること、平和祈念公園でお花見しながらドンチャン騒ぎしている方たちを見て、とてもホッとしたことを思い出す。

いつもと変わらない日常こそかけがえのないものだと改めて思う。

そして震災当日の夜、あんなことがあったとは思えないほど、信じられないくらい星空がきれいだった。
仙台の方たちも皆異口同音に「あの日の星空のきれいさはすごかった、あんなきれいな星空を見たのは初めてだった」と言っていた。
一年を経てそれらの言葉と見た景色を今一度思い出す。
助けられて支えられて
先週日曜夜のこと。
突然職場から連絡があり、実家の車庫から大量の雪が落ち道をふさいでいるので、至急連絡がほしいと近所の方から電話があったとのこと。

あわてて近所の方に連絡すると、ここのところの暖かさで一気に雪が落ちて、実家のまわりのブロック塀からあふれたものが道をふさいでしまっているとのこと。しかも個人で除雪できる量じゃないから業者さんなどを手配してほしいとのこと。

私や家族は遠出していたためすぐに帰ることができず、知り合いの業者の方たちに片っ端から連絡をとって、ローダーの手配をしていた。

そうこうしているうちに、再度近所の方より、自治会長さんをはじめ自治会の方たちが集まってくれ、自前の除雪車まで出してくれて今きれいになりましたとの連絡をいただく。
落ちてきた雪に巻き込まれた方もいなかったとのこと。

そして一時間ほどかかり実家に着いてから、すぐに電話いただいた近所の方、自治会長さん、除雪車を出していただいた方たちのところへお礼とお詫びのご挨拶にまわったが、皆さん一様に「全然気にしないで。何も問題ない。暖かくなったから、一気に落ちてきたんだな。誰も巻き込まれなくてよかった」と言ってくださった。

また業者の皆さんにも日曜夜という無理な時間にもかかわらず、全員が「これからでます」とか「すぐいきます」との返事をいただいた。無駄足になってしまった方もいた。

こんな方たちに囲まれていて本当に感謝の言葉以外ない。
本当にありがたかった。
そしてまたまた多くの方たちに助けられて支えられて、今の自分や家族があることを思い知らされた。
そしてこのことを一つの教訓として、また同じ轍を踏まないようにしなければならないとも思った。

まわりへの感謝と、このやさしさに甘えず、油断せずしっかりと対策をとろうと誓った出来事であった。
人を覚えろ!
「人を覚えろ!」
いろんな人たちと出会って、つながっていけという意味です。

昨日突然うちの役員さんから、こんな集まりがあるから出ろ!と言われる。
18時開始の2時間前であった。そんな急すぎるのと、予定があった自分は最初断ったが、どうしても出ろと言われ、さらに人を覚えろという言葉にいくことにした。

その集まりは地元の警察署と地元企業との懇親会であった。
地元警察署の署長さん以下幹部の方と地元企業の社長さんたちがたくさんいらっしゃっていた。

初めてお会いする方、何度かお会いする方、顔見知りだったがお話することがなかった方、たくさんいらっしゃったが、そこでまたいろいろなご縁ができました。
そもそも警察の方たちと一緒に飲むことはまずないため、お話を聞くのもとてもおもしろいものであった。警察の方たちもすごい飲みますね!

帰る際に、この会に誘ってくださった方から「どうだ?こういう機会をしっかり活かせたか?どんどん人を覚えなきゃだめだぞ。俺はあんたを育てたいんだ。」とおっしゃってくださった。

このような機会に誘ってくださったり、いろいろ気にかけてくださったりする方がたくさんいる。
自分はこんな方たちがいてくださって、なんて恵まれているんだと思う。
本当に感謝です。

しかし、ここ数ヶ月忙しくてまともに休めてなかったので、体力的には厳しい。疲労感が半端じゃない。
愛ってとても疲れて、眠くなるものなんですね(笑)





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