日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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ブログの効用
今月からブログを始めて1ヵ月ほどになる。
ブログをやってみてよかったことをまとめたい。

備忘録になる
読んだ本の内容や感想を今後に活かすためにも記憶していたいところだが、そのツールとしてとても使えることがわかった。

様々なことが整理される
日々起きることや読んだ本に対するなんらかの「おもしろさ」「違和感」「うれしさ」「悲しさ」「怒り」等の感情がどこから来るのかが、そしてなぜそう感じるのかがよく分かるようになった。
とても感覚的に考えていたことが、文章にする過程で“これは一体どういうことなんだろうか?”と考えることができ、とても気持ちと感情が整理される。

あいまいだった自分の主張が明確になる
読んでいただいている方に伝わるためには主張や論点が明確であるほうがいい。できれば一ブログで一つとしていたい。そのためにも自分が何を感じたのか、何を書きたいのかがはっきりしていないと書けない。
様々なことに対して自分がどう思ったのかを明確にすることができた。

時間を意識する
自分でいうのもなんだがとても忙しい。そんななかでブログを書くと決めたことを最初のうちは後悔してしまったが、自分の仕事後の時間配分を計算して、これくらいなら時間がとれそうだと意識するところから始めてみた。そしてその時間内で書ける内容とすることにしている。ただまだまだ時間がオーバーしてしまうことも多いです。
論点と構成さえ明確であれば早いのだが、まだまだ力不足ですね。
最近はようやく習慣化できてきたところで、以前よりはストレスを感じることなく、書けるようになってきてはいます。

ブログの時間配分は書き始めから一時間にしているが、ゆくゆくは30分が目標。
とりあえず自分からいろいろ発信することを今年に目標に掲げているので、書けるときは書くようにがんばりたい。

たま~にいただく「読んでるよ」メールがとても励みになっています。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
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流れにまかせる
今日はもうハプニングだらけで、どうにも自分の意志が全く通じない日であった。

家の給湯管から水が流れる音がして、大家さんより修理業者さんを手配してもらったが、9時までには行くとの話で待っていたが、来ず。備品の搬入の日であったため、いったん仕事へ。

備品を搬入したトラックが、帰る際に敷地内で雪にはまって動けなくなった。

しかもそのはまったトラックを避けるため、近くに停めてあった別の業者のトラックに移動をお願いしたところ、そのトラックまで雪にはまってしまっていた。

さらに全く別な業者さんのトラックまで雪で動かなくなり、計3台のトラックが時間差で動かなくなってしまった。
3台目のときはさすがにもうなんともいえない虚脱感に襲われ、見なかったことにしようと思いたくなった。

そんなバタバタしてるときに、大家さんから業者さんといくから部屋にいてくれと電話がくる・・・。

こういうときはもう自分の意志を一旦投げ出して、流れにまかせてその場その瞬間でできることをひたすらやるしかない。2つトラブルが重なった時点で、腹をくくった。

その後いろいろなところに牽引やワイヤーなどを手配しつつ、家の給湯管の修理もして、終わったのが16時。
もう今日は自分の仕事は何もできなかった。何も進んでないのにとてつもない疲労感だ。

そんな日ではあったが、今日はまた一つ開設までの関門をクリアできたこともあったので、そこはとてもうれしい。

それにしても全く同じパターンで次々とはまるトラックをみて、これはいったいなんの呪いなんだ?と真剣に考えてしまった。
後押し
どんな組織においても、何か新しいことを始めようとすれば、だいたい2パターンの反応が返ってくる。

~すれば(~であれば)できます。という肯定的反応と、
~だから(~もないので)できません。という否定的反応だ。

肯定的な反応をする方はとても貴重な存在だ。
変化すること(は苦痛を伴うことが常)に挑戦しようとする方だからだ。

ただ大抵は否定的反応が返ってくる。
自分自身もいつもこの否定的反応と戦ってきた。
最近はそんな反応もなくなってきた(自分が絶対引かないため)が、私以外にはそんな反応を述べる方たちがいる(そんな不平不満に何の意味もないのだけど)。

先日、今度開設する事業所の社員研修でそのことをテーマにお話させていただいた。
新しいことに常にチャレンジしてほしい、様々な施策には肯定的に考えて実行してもらいたいと。

そしてこのテーマでお話させていただいたのには、もう一つ理由があった。
その組織の現場マネジャーたちの仕事をしやすくするという理由だ。

私からこうしたことをしっかりとお話することで、現場の社員たちもマネジャーたちから(もしくはもっと上から)の様々な提案に対しても、さらに現場からの様々な声に対しても、肯定的に考えてもらえれば、その組織の運営がスムーズにいく。
私自身も以前勤めていた職場で、間にはさまれて(上はGO、下はNO)とても孤独で厳しい立場におかれたことがあった。

いくら想定や予測してもやってよかったかどうかは、やらなければ分からないケースがほとんどだ。
だからこそ、やるかやらないかで時間を浪費してもらいたくないと思っている。
やってだめなら即撤退、よければ継続。それを何度も繰り返す。

できるだけマネジャーたちがその担当部署において仕事をしやすいようにするための後押しも私の仕事だ。

そういう意図もあったのだけど、マネジャーたちには伝わったかな~?
「15分だけでも」
いろいろあってめちゃくちゃ忙しい。
気がついたら昼、気がついたら真っ暗という日々。

先日空手にいったときのこと。
その日は遠いところにいて、空手の時間までには帰りたいと思っていたが、それは無理であった。
開始時間もとっくに過ぎていて行こうか行くまいか迷ったが、少しの時間でもやろうと思い、向かった。

結局着いたのは練習終了の15分前であった(場所を借りて練習しているため延長することはできない)。
先生から「黙想してすぐに入ってください!」といわれ、15分みっちりと練習した。

終わったあと「遅くなりましてすみません」と言ったら、
「15分だけでも来てくれてうれしいよ!ちょっとでもいいからまずは来てみて」と笑顔で言われた。

私はその言葉にちょっと泣きそうになってしまった。

情熱的になればなるほど練習に来られないことをとても残念がる方もいれば、怒る方もいる。
しかしその先生はもう少し早く来てもらいたいとか、15分だけなんてそんな短い時間だと練習にならないみたいなことは絶対に言わない。以前も書いたが、できないことでも怒らない。ものすごく根気強く何度もやる(だからきついのですが・・・)。

これは、簡単に見えてとても忍耐がいることだ。
自分の思い通りに進まなくとも、怒らず騒がずグッとこらえて、その気持ち(うまくなりたい、早く来たい)を信じて待ち続けることだからだ。これは本当に胆力がいる。

そしてこれこそ人を動かす、人をマネジメントすることの本質ではないかと思う。
それは会社という組織においても同じだ。

空手以外にも、その姿勢から学べることはとても多い。

今日もまた仕事はトラブルだらけで興奮することもしばしば。
自分は全然できていない・・・。

お叱り
今日お客様よりお叱りの言葉をいただく。

最近新事業所開設のため、大規模な異動があり新しい部署についた社員が慣れていないことが直接の原因だが、私のほうにも原因があった。なかなか時間をとることができず、しっかりと現場を見てまわることもできなかった。
しかもベテランの社員から、「いま現場に危機感がない」とちょうど昨日言われていた。

職場環境でいつも気にかけているのは、バランスだ。
とても緩い楽しいばかりの職場でもいけないし、キチキチしすぎて息苦しい職場というのもいけない。

しかし今の職場はバランスを欠いていた。
あまりに緩い楽しい職場となっていた。

異動で慣れていない社員や、新採用の社員たちに職場に早く慣れてもらうことを優先してしまい、仕事に対する責任感、お客様目線、お客様満足といった視点、事故や苦情などへの危機感、それらが全く醸成されていなかった。

明日から気を引き締めたい。自分も現場も。ここもまた一つ一つの積み上げだ。
「信用を失うは一瞬、取り戻すは一生」の言葉をかみしめる。
「ねばり」
修身教授録 (致知選書)修身教授録 (致知選書)
(1989/03/01)
森 信三

商品詳細を見る


森信三著「修身教授録」
この本に私はものすごく影響をうけている。至言の宝庫だと思う。

その34講に「ねばり」とある。(P489~)
人間が一つの仕事を始めてから、仕上げるまで大体三度くらい危険な時がある。
全体の三割か三割五分くらいやったところで、ちょうど飽きがくる。
この第一に関所を超えるために必要なものは「意志」
さらに進んで六割か六割五分までくると、相当疲れてくる。へたりこむ。
この第二の関所を越えるために必要なものは「根気」
さらに進んで八割か八割五分までくると、最後の目標は眼前まできているのに、もう心身ともに疲れ果てて、いたずらに気ばかりあせっても、仕事の進みはすこぶる遅い。
この第三の関所を超えるために必要なものは「ねばり」
「そこで私はこのねばりというものこそ、仕事を完成させるための最後の秘訣であり、同時にある意味では、人間としての価値も、最後の土壇場において、このねばりが出るか否かによって、決まると言ってもよいと思うほどです」
だそうだ。

友達がいま“あること”に挑戦している。私は最後まで応援すると約束した。
昨年より続くその挑戦の達成まで八割か九割くらいのところまできている(まわりからは賞賛されたりほめられまくっているそうだ)が、もう大変なストレスを抱えている。それまでの道のりに比べればあと少ししかなく、目の前に頂上は見えている。しかし残りわずかの距離まできているのに、ここからが途方もなく遠く感じている。
まさに第三の関所でもがき苦しんでいる。
昨日そんなメールがきた。

そして「ねばり」の言葉は今の自分にも当てはまる。
私が取り組んでいることもあと少しだが、まだまだ気を抜けない。
今日昨日も予期せぬトラブルがあった。順風満帆に物事が進むことはまずない。
水のなかを歩いているような感じだ。歩みが遅々として進まず、体も重い。
何もかもが同時進行で、どれも一つ一つ積み重ねていくしかない。
まだまだ乗り越えなくてはならない壁もある。

だからものすごくその気持ちがわかる。

だけどここが勝負の分かれ目だ。
ここであきらめるか、ここを乗り越えるか。

私の心は全然折れていない。約束は必ず果たす。
しかし実際に挑戦するのはその本人だ。

であるからこそ、かんばっている、ものすごくがんばっている友達にあえて言う。

がんばろうぜ!

他山の石
先日会社で発注した備品の一部が納期(どころか開設にも)にも間に合わない事態が発生した件で、受注会社より正式に状況説明と謝罪をいただいた。1月16日「道のりは遠い」

このことから学べることはとても多い。

起こったことはもうしょうがない。
なぜ起こったのかという理由ももうどうしようもないものだった(担当の単なる発注確認ミスであった)。

しかし、起きたことより起きた後の対応について話がこじれた。
それには別な理由があった。

簡単にいえば、担当が嘘をついていた。
その担当はミスをミスとして認めたくないため、上司など社内的には事実と異なる報告をしていた。
事実と異なるから当然その上司の判断も変わってくる。前提条件がそもそも違うのだ。
そのため、その対応に私たちは全く納得できず(常識的にあり得ない対応だった)、事態はますます複雑にさらに大きくなった。
結局私たちがその対応に猛烈に反発したことで、隠しきれなくなって(というより私のほうで直接上司などと話をして)本当の状況が上司やさらにその上まで伝わることとなった。

今回の件はいろいろな見方ができる。
システムの問題、ガバナンスの問題、組織風土の問題、個人の資質の問題等々。

会社としては悪い(正確な)知らせこそ早く知りたいものだ(少なくとも私はそうだ)。
早めに把握し対応できていれば、それほど重大な事態にならないケースも多い。
しかし社員たちは悪い知らせこそ上司や会社には伝えたくないものだ。

そこを知らせてもらうためには組織としての信賞必罰はもちろんだが、「悪い知らせこそ早く正確に教えて欲しい」という雰囲気も必要だ。
社員たちにその悪い知らせがなぜ必要な理由、トラブルが起きたことを責めるためではなく、トラブルを解決するためだと言い続けることが重要だ。

今回の件では私たちが“やられてしまった”ほうだが、すべて私たちの組織にも当てはまる。
他山の石として身を引き締める。
尊敬している方
様々な経営者の方にお会いする機会がある。
そこで稀にお会いできて本当によかったなぁという方がいらっしゃる。
個人的にとても尊敬している方だ。

大変僭越で失礼かと思いつつ、まとめてみた。

・物腰やその方の持つ雰囲気がとてもやわらかい。
やはり社長というと、これまで会社を経営されてきたプライドが強い方、虚勢・虚栄をはる方が少なからずいらっしゃる。それはそれでしょうがない。まわりにチヤホヤされる方もいれば、ここまでやってきたという自負もあるのだと思う。
しかし、その方の雰囲気はとてもやさしく飄々としていてやわらかい。これは本当にすごいことだ。
空手の先生もそうだが、自らの力で事を成してきた方ほど謙虚でやわらかい。

・自分の事業に対してとてもピュア
その方の業界のことは全然知らないため、いろいろなお話を聞かせていただいてとても勉強になる。がそれ以上にお話されているときの表情がとてもうれしそうに、楽しそうにお話されている。そういう姿を見ているだけで、こちらまでワクワクしてしまう。

・経営者である
話し方、雰囲気はとてもやわらかいのだが、その話す内容たるや百戦錬磨の経営者だ。
経営者としての胆力、覚悟、気概が言葉の端々にビシビシと伝わってくる。
その言葉の重みは、これまでの積み重ねがあるからなのだと思う。
会社のことや事業のことをお聞きしているときには、「忘れないように忘れないように」と思いながら聞かせていただいている。

・夫婦仲がとてもよい
奥様とも同じ集まりで毎週のようにお会いしているが、互いを信頼しきっている、気づかっているのが伝わってくる。とにかくにじみ出ている(うまく言えない・・・)。

その方とは毎週ランチ会があってお会いする。
この方とお会いできただけでもその会に入ってよかったと思っている。
まだお知り合いになれて一年も経っていないが、これからもいろいろなお話を伺っていきたい。
そして自分も見習いたい。
まずやってみる
自分が望んだわけではないが、人から依頼されたりお願いされたりすること(自分のなかでは「ご縁が降ってきた」という)があれば、出来る限りすべて受け入れるようにしている。

来月ある集まりの例会でスピーチを依頼された。
その日にちがスケジュール的にかなり厳しかったが、あらかじめ分かっているなら、計画的に資料を作るなどすれば絶対できると思ってお受けした。
そして今日仕事しがてら、資料をしっかりと作り込んでいた。

絶対受けようと思ったのには、自分のスピーチを全然別な場所でたまたま聞いてくださっていた方が、「おもしろかった」といって声をかけてくださったというのもあった。そういうこともなおさらうれしい。

聞いてくださる方たちが楽しんでもらえるように、喜んでもらえるようにがんばりたい。

自分に降りてきたご縁はすべてしっかりと受け入れ、ベストを尽くしたい。
損か得かお金になるかならないか、そんなことどうでもいい。
自信がない、恥ずかしい、人に話せるような内容じゃない、それも関係ない。

まずやってみる。

今回のスピーチでも何かもらえるわけではない(むしろ自分の恥を晒しにいくようなものだ)。
だけど自分なりに、
・人前で話すことがうまくなりたい(今年の目標の一つ)。
・新しい出会いやご縁を拡げていきたい。またこういう機会のきっかけになればうれしい。
と思っていたら、挑戦する価値がある。

どんな状況であろうと、降ってきたご縁は受け入れたい。
そしてそこから何を得られるかは自分の解釈しだいだ。

ワクワクするなー!
と言いつつ、スケジュール的にほんとに大丈夫なのか内心ビクビクしてます。
楠木建著:「ストーリーとしての競争戦略」を実際に活かそう
ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
(2010/04/23)
楠木 建

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ここ数日、社員研修に使いたいため、時間があれば読み返していた。
この本は読んでいて本当によかった。もう様々なことに応用している。

「競争があるにもかかわらず儲かるという「不自然な状態」をなんとかつくり上げて維持しましょうというのが競争戦略に突きつけられた課題です」
その戦略には二種類ある。
ポジショニング(SP:Strategic Positioning)~「他社と違うところに自社を位置づけること」と
組織能力(OC:Organizational Capability)~「他社が模倣できない独自の強み」
「SPの戦略論が企業を取り巻く外的な要因(その際たるものが業界の競争構造)を重視するのに対して、OCの戦略論は企業の内的な要因に競争優位の源泉を求めるという考え方です」(P111~P128)

このSPとOCのうち、特にOCが目から鱗であった。

自分の会社の競争優位をどこに見出すかについては、どんな会社でも常に頭を悩ますところだ。
競争優位に立つ(すなわち利益が継続的に生み出される)ということはなんらかの他社との違いがあるからだ(例えば価格が安い、この機能がある、ここでしか買えない等)。

だからこそ我々はどちらかというとポジショニングを重視した戦略をとろうとする。
他社にない商品、画期的な商品、独自の商品というものを志向してしまう。
画期的で他社が全く扱っていないものであれば売れる!と思うからだ。そしてこれも立派な戦略(SP)だ。
しかしあるポジションをとって売れることがわかると、すぐに他社も同じポジションにくるということがよくある。

私自身もそのことで頭を悩ませていた。自分たちがどういうポジションを志向すれば、特殊性や優位性を見出すことができるのか考えていた。
「他社には○○があるのにうちにはない。どうしようか。何があればお客様に来ていただけるのか」と。

そのように考えていた私にとって、OC(組織能力)も競争優位へとつながる源泉となりうるというのはとても衝撃的であった。

「他社がそう簡単にまねできない経営資源とはなんでしょうか。組織に定着している「ルーティン」というのが結論です。ルーティンとは、あっさりいえば「物事のやり方」です。さまざまな日常業務の背景にある、その会社に固有の「やり方」がOCの正体であることが多いのです。」

これを読み、私はOC重視の戦略をとろうと決心した。
いま新設している事業所についても、他とここが違うという部分を明確にするのは止めて(正確にいうと真似されることを前提として)、我々のこれまでやってきたルーティンやノウハウ、我々を選んでくださる要素を徹底的にリサーチして、全く新しいオペレーションを組み立てることに全力を挙げた。
しかし、ニーズというものは常に変化するため、そのオペレーション自体も凝り固まったものではなく、ゆるやかなものにもとどめた。

今度広告やパンフレットなどを出すが、その広告に書いてあることは正直いって強みでもなんでもない(おそらく模倣されるであろう、私たちがうまくいけば・・・)。
私たちの本当の強みとはそのポジショニングを支えるオペレーションにある。だからそのオペレーションをとにかく磨いていくことが必要となる。

そんなことも含めて、2時間ほど研修でお話しました。
社員たちが話した内容を覚えてもらう必要はないが、日々行う仕事の“意味”と、この事業に対する“熱”だけでも伝わってくれるとうれしい。
空手の先生
忙しい毎日。時間の大切さ・ありがたさを噛み締める日々。
ようやく行けた今年初の空手もラスト15分の駆け込み参加であった。

いろいろなご縁があり、一年程前から空手を習いにいっている。
日本空手道常心門という流派?だそうだ。
ご夫婦で教えていただいているのだが、お二人ともとてもすばらしい方たちだ。

何かを教えるというのはとても根気がいることだ。
先生の教え方はいつも参考になる。
特に怒るときと怒らないときのバランスがすごい。よくできるなぁと思う。

まずできないということでは怒らない。
何度やってもうまくいかず同じミスを繰り返しても、絶対に怒ったりガッカリしたような態度をとらない(情熱的になればなるほど、相手ができないことに腹を立ててしまう人も多い)。
感情的に怒るということもない。

怒るときは礼儀を失したことをしたときと手を抜く(さぼった)ときだけだ。
しかもドンと怒って、みんなハッとなったら、パッと戻る。

中学生や高校生の反抗期(懐)をむかえた方たちも多いので、恥ずかしい気持ちと素直になれない気持ちが交錯している場面にあうが、空手のことに集中して指導するため、やる気のない態度とか恥ずかしい態度ではいさせてくれない、そんな暇はない(普通やる気のない態度に怒ったりする)。

すばらしい先生にめぐり合えてよかった。
好きなことをし続けてきた方に接するのはとてもパワーをもらえる。

男性では自分が最年長且つド素人で最初とても恥ずかしかったが、一歩踏み込んでよかった。
いつも中学生や高校生の皆さんに「教えてください!」といって教えてもらっている。

今年の目標の一つが「白帯卒業」
何を売る?
最近仕事で理容室のことを調べる機会があった。
価格帯で見ると、やはり地元でも世間一般と同じように1000円~2000円ほどのところと、3300円~3700円くらいのところに分かれている。

当然3000円以上のところが苦戦しているのかと思うとそうでもない。
正確にいうと、昔からの流れ(組合?)でやっているところはかなり苦戦しているが、髪を切る以上に価値があるところは3700円でもしっかりとお客さんがきている。

3700円でもしっかりとお客さんがきている代表的なところは、髪を切るだけではなく、「髪を切ることでリラックスしていただきたい」というコンセプトでやっているところだ。

髪のびたな~髪でも切りにいこうとなるところと、
疲れたな~髪でも切りにいこうとなるところの違い(かな?)。

髪を切ることに特化するのも商売だ。それだけでいいという人もいると思う。
しかし、髪を切ることは気分転換だという人も多い。そこをお店側も一緒になってバックアップしてくれれば、高くても全然構わないという人もいるのだと思う。

すなわちそこでは理容という技術を売っているのではなく、理容を通してリラックスする時間を売っている。
こういう切り口はいろいろなことに応用できる。

言行一致
プロ野球選手と私が「ヒットの打ち方」というテーマで一言一句同じことを話したとして、聞いている人たちはどちらの話に納得してくれるだろうか。

もちろんプロ野球選手だ。


先日ある方が「そのうちこういうものをあそこに作りたい」と聞く機会があった。
その方はその「やりたいこと」にとても熱い情熱を注いでいるようで、とても理想的なことを話されていた。

それ自体はとても有意義なものであったので、「いつ頃にどうやってやるんですか?」と聞くと、あそことあそこに出資してもらって、土地を買ってもらえればすぐにやりたいと言っていた。

いくら情熱的に素晴らしいことや立派なことを話されても、こういう条件が揃えばなど他力でやろうとしていることがわかった途端、空虚なものとなる。

その言葉の重みや納得感は、その背景にある姿勢や結果があればこそだ。
だからいくらすばらしいことを言っても、それを実践している人としていない人では真実味が全く異なってくる。

ちゃんと話すことと行動(それに向けて取り組む姿勢)が一致していたい。
「実績や結果がなければ、誰もお前の話なんか聞かないよ」と父に言われたことを思い出す。
道のりは遠い
何事も順調にいくことはまずないものだが、やはりトラブルが起こってしまった。
再来週納品する予定の備品が間に合わないと連絡があった。
しかも納品日に間に合わないということではなく、オープンに間に合わないとのことだった。

必ずオープンに間に合うようにと11月に発注し、先月も、さらに先週も納入業者さんたちに一斉に集まってもらい、確認しあったばかりだった。

そのメーカーから代替品の提案があったが、受け入れるところは受け入れ、譲れないところはしっかりお話をした。
その備品が変わるだけで、その場所の印象が変わってしまうものであるため、とても重要なものだった。

最悪のことも想定して他メーカーにて代替品を確保したが、今日は結局先方からの電話はなかった。

なかなか時間をとられてしまったが、粛々と対応してました。

それにしてもプロの仕事じゃない。
さらにそれが起きたあとの対応もプロではない。
なぜその備品にしたのかというプロセスを一緒に見ているのに、全然違うものを代替として提案してくるとは・・・。

まだまだ何かあるだろうと気持ちを引き締めることができました。
道のりは遠い。
優しさと強さ・厳しさは表裏一体
もし私のような役割のものが、
・まわりに悪い影響を及ぼす社員に対して、その人に言うのがかわいそうだからと何も対処しなければ、その組織はどうなるだろうか。

・ある備品を買おうとして、予算が100万円しかないところを、まわりからこっちのほうがいい、オプションでこれもつけてほしいといって、みんながそういうならと150万円のものを買う。このようなやり方をしていくと、その組織はどうなるだろうか。

・新人さんにあまり言うのもかわいそうだからと、注意したり指摘することをしなければ、その新人さんはどうなるだろうか。

どれも優しさという言葉が使われる行為だ。
相手がかわいそう、相手を落ち込ませたくない、がっかりさせたくない、怒らせたくない、悲しませたくない等々。

これらの言葉自体はとてもいいことだが、「私の役割」というフィルターを通すと、これらの行為は優しさではなくなる。

これらのことは社員のこと、会社のこと、まわりのことを思ってやっていることにはならない。
単に自分が傷つきたくないだけだ。すなわち自分に対する甘えという優しさだ。

なぜなら、(誰でも想像つくと思うが)
・まわりに悪い影響を及ぼす社員に何も対処しなければ、一生懸命やっている社員はバカらしくなるだろう。そしてそういうまじめな社員から辞めていく。

・150万円と100万円の差額は当然出さなければいけない。それは会社の資本か負債でまかなうしかない。

・新人さんが育つことはない(そういう組織にかぎって、「新人が育たない」等という)。
という結果になるからだ。

その厳しさの動機が相手を思い、会社を思い、はやく一人前になってほしいと思っていれば、厳しさも優しさと同義となる。
優しさと強さ・厳しさは表裏一体であると思うようにしている。


うちの会社にとても素直でやさしい社員がいる。
先日お話をしていて、「いろいろ思うところがあり、自分を変えたい」といっていた。
その方を思って書いてみました。
宝もの:かいぱんのキーホルダー
かいぱん
魚梆(かいぱん):写真参照
以下説明文:
かいぱんは、腹を打ち、日常の行事や儀式の時報を告げる、時計の役目をします。
かいぱんが、玉をくわえている所以は、玉を食べようとしているのではなく、吐き出そうと努力しているところであります。
この玉は、三毒(貧(とん)・じん・痴(ち))の固まりであり、吾々人間の心の奥を表現したもので、貧はむさぼり、有り余ってもなお欲しいのは人情です。
「じん」は怒り、ちょっと心を静めて我慢すればよいものを、ムカッと腹を立て人を傷つけ、自分の品位を下げる心。痴は愚痴をこぼすこと。
この貧・じん・痴の玉が吐き出しやすいように、かいぱんの腹を打ってやり、そのときに心の戒めをするのです。


私は何か腹が立つことがあると、カッとなってしまうところがある。
こうすると決めたら、その通りにいかないとだめだと思うところもある。(情熱の裏返しっていう解釈はだめですか?)
そのため会社などまわりに迷惑をかけるときもある

このかいぱんのキーホルダーは、伯母が京都の萬福禅寺というお寺へ旅行にいったときに、お土産でもらったものだ。

伯母には、腹が立っても一呼吸おかないとだめだ。そこだけを見てあなたのことを判断する人もいるんだし、それがいくら正しくとも怒りにまかせてやってはいけない。そしてそもそも言ってはいけないこともあると諭された。

全くその通りだと思う。そして私のこと思ってお土産にくれたその気持ちもうれしかった。

このキーホルダーは私の宝もの。
この印刷した紙は会社のデスクマットや自分の家のデスクまわり置いていつも見るようにしている。

だけどそのかいぱんの意味、そして伯母の言葉を、今でも全然守れてません・・・。

これもまた因果応報なのか
建築中の建物で施工会社さんが、引渡し前に備品を納入した場合(光熱水費は施工会社さん持ち、管理も施工会社さんとなる)、協力金のようなものを請求すると言い出した。

これには施主である私たちも、そして納入業者さんも驚いた。

私もこんなケースは初めてだし、業者さんたちも納品するだけでお金を請求されるなんて聞いたことがないと言っていた。試運転が必要な業者さんは青ざめていた。
私たちは建物の完成検査に支障のないものは検査前にでも早く入れたかったのだが、その現場監督さんは譲らない。
結局交渉して引渡しの日をずらすことにした。

最初は「そんなバカな!こんなことをしたら、私たちと施工会社さんとの信頼関係も、さらに納入業者さんと私たちとの信頼関係にも影響がでてしまう」と思ったが、よくよく考えると自分たちが発注した金額がかなり厳しいものであったなとも思うようになった。

受注金額が採算のかなりギリギリではなかったかと思う。もちろんその金額で相手も納得したから契約したのだが、施工後に設計事務所側の設計ミスなどで仕様変更が何度もあった。こうしたことからすでに採算割れであろうことは想像がついていた。

現場監督さんは、とても実直な方で会社と我々と設計士の間でかなり厳しい立場に置かれていたのだろう。だからなんとかその穴埋めをしたかったのだろうと思う。

そんなことを考えると、これも因果応報というのかもしれない。

そして私のほうも施工会社の社長さんと話し合おうと思う。

私たちのしたことがこういう形で現れてくることもあるのだなと、いろいろ勉強になりました。

渋沢栄一の「事業は儲かるものでなければならない。一人だけ儲けるものではいけない。みんなが儲かるものでなければ、いい事業とはいえない」という言葉をもう一度噛み締める。
私にしかできないこと
とてもお恥ずかしい話だが、自分の会社のある部署で人間関係が全くうまくいっていないところがある。
つい先日も人間関係のトラブルがあり、うち一人が怒って辞めますと言い出した。
慰留してそれらは収まったのだが、以前からそして今後もこういったことが起こり続けることは想像がついた。

そういう部署だからなかなか人も定着もしない。
今までいろいろと手を尽くしてきたつもりだが、やはり人の配置や、それぞれの役割を遂行する力を見誤ってしまったのだと思う。

すべて自分の責任。

問題があるのは、以前からわかっていた。
しかし、忙しかったり(言い訳)、異動してもらうなどして根本的な解決を避け、その場その場を取り繕ってきた。
その職種が募集してもなかなか応募がないため、辞められれば困るというのもあった。
そして「いつかよくなるんじゃないか、いつかよくなるんじゃないか」と根拠のない願望を抱えて時間だけを消費してきた。
さわらぬ神に祟りなし、見て見ぬふりという言葉が当てはまるかもしれない。

もっとはっきりいえば怖いのだ。
私は恨みや妬みなどの敵意や悪意に晒されることには全く気にしない。決断する上で避けては通れないものだから。
しかし、社員の不平や苦しみに向き合うことは自分の至らなさと向き合うことと同義だ。人間関係に疲れて辞めていく人や先日起こったようなことを見ると、とてつもなく申し訳なく思う。そのたびにどん底まで気持ちは落ちていく。

でも避けていたら何も変わらない。不満をもつ人たちに申し訳ないと思っているのに、何もしないのはさらにそういう人がでてくるかもしれないということだ。
と、わかっているのに身体が動かない。恐怖と緊張でガチガチになってしまう。胃も痛い。

だけどそれではだめだ。何も前に進んでいない。
ちゃんと向き合わなければだめだとようやく思うようになった。

まずは話を聞いてみよう。
その部署全員の思いをしっかりと受けとめよう。
そして行動しよう。
結果どうなるのかもわからない、組織を混乱させてしまうかもしれないけど。

それもまた一歩なのだと思いたい。

そしてそれは私にしかできない。
もちろん能力という意味ではなくて、役割と責任という意味で。

私がいる意味はそこにあるのだ。
経営者の嗅覚
例えばインテルの決算やアメリカの住宅着工件数、雇用統計など(自分含めて)市場が注目している指標がある。
それらがなぜ注目されているかといえば、それによってアメリカの景気がどうなっているか、今後どうなっていくか、その予想が立てられるからだ。
半導体の出荷台数が多くなれば、それだけ企業活動が活発だといえるだろうし、住宅着工件数が増えれば、雇用統計が改善されれば、アメリカの景気が上向いているのだと予想できる。

そういった様々な指標以外に、自分が今後の外部環境を計る上でとても参考にしているものがある。
様々な企業の決算説明会だ。
特に経営者が直接話している決算説明会はとても勉強になる。
今は動画などで配信されていることも多く説明会資料とともにみることができる。

その会社の売り上げや利益がどの程度あるか、配当はいくらであるかはそれほど気にしていない(株を持っていれば別ですが。)


その経営者が今後どのような出荷や収益に対する見通しをもっているかを聞くことで、景気の先行きに対してどのように思っているかがわかる。
経営者たちがその目標(2015年までに売り上げ1兆円等)に対してどのようなアプローチをとるのか、その戦略は資金調達はその組織はその事業ポートフォリオをどう変化させていくのか等々、その戦略を知ることができる。
その経営者が様々な困難(例えばタイの洪水被害等)に直面したときにどのような見通しと決断を下しているかが伺い知ることができる。

このことは私にとってとても重要なことだ。

特に四半期ごと毎回欠かさず見ている決算説明会は
SBIホールディングスの北尾吉孝さん(毎回動画にて)
日本電産の永守重信さん(音声のみ)
このお二人の決算説明会での発言はとても参考になる

北尾さんはリーマンショックの一年前にBNPパリバショックが起こったときに、これはもしかすると大きな金融危機に発展するかもしれないから、十分な利益がのっていなくてもエグジットできるものはエグジットしてキャッシュポジションを積み増すといっていた。

永守さんはHDD用スピンドルモーターの出荷台数の説明で、小型HDDモータが想定を下回ったが(これでネットブックつまりパソコンが売れてないことがわかる)、クラウド用データセンター向けのハイエンド型モータが伸びている(これでスマホやタブレット型の端末が売れているがわかる)といい、スマホやタブレット型の台頭で一番影響を受けているのが、携帯電話ではなくパソコンであることがわかり、そのシフトがものすごいスピードで起こっていることが分かった(これは今では常識だが1年以上前の話)。半導体と同様にモータは様々な製品に使われるため、どの分野の出荷台数が伸びていると、何が売れているのかがとても把握しやすい。

どちらも創業者であるが、決算説明会時に自社を通して語られる世界情勢やその先の見通しなどは、とても役に立っている。
この方向でいい。この先は危ない。経営者たちの嗅覚ともいうべき、これはこうなるんじゃないのかという予測は間違っていてもいなくても、その先に起こるかもしれない示唆を与えてくれる。
そうした心構えがあるだけでも、何かあったときの対応力は全然違う。

自分もいつかこのような感覚、嗅覚を身につけたいなぁ。
これもまた勉強と経験の蓄積が必要ですね。

お金の流れと社会状況との関係について2
ここ数年私たちの身の回りで明らかに増えてきたと実感できる建物・業種の一つに介護施設があります。

これから高齢化もさらに進んで需要があるから、みんな参入しようと思うのは当然!と思われるかもしれませんが、人口統計から高齢化が進むことは介護保険制度が始まる前から分かっていました(でなければ介護保険制度自体創る必要もなかったわけですし)し、どのような施設形態となるかそのスキームができて12年経っています。

なのになぜここ数年でそれが実感できるほど一気に増えたのでしょうか。しかも社員20~30名ほどの比較的小規模な施設が特に増えました。ここがポイントですね。

これも昨日書いた不動産への融資と同様に、金融機関の融資姿勢の積極化による影響があるのだと思っています。

2010年6月に発表された日銀の「成長基盤強化を支援するための資金供給」という金融政策のなかの重点項目のうちの一つに、「医療・介護・健康事業」というのが盛り込まれて以降、さらに顕著になってきたように思います。(その根拠となるバックデータがあるわけではありません。あくまでも実感としてです。)

その記事が出たとき、これからもまだまだそういう施設ができるんだなと想像しました。

そうした政策が発表されて以降、各金融機関において介護事業セミナーのようなものが一層盛んに開かれ、融資姿勢を一気に積極化していったように感じます。
ある金融機関の方にいろいろ聞いてみると、「正直いって介護施設の開設といえば、社内審査が今一番通りやすいんです」と教えてくれました。
またある社長さんには、「安い金利を提示してきたところから借りる」といって、金融機関同士を競わせていました。
先日大きな福祉機器の展示会に参加した営業さんに人の入りを聞くと、「初日だけで去年の人数をオーバーしまして、3日で前年比5倍くらいの方に来ていただけました。手がまわりません!」とホクホク顔で答えてくれました。

参入することにとやかくいうことではありませんし、そういう状況がいつまで続くのかもわかりません。
しかしこうした状況を自分はどう活かすのか、そして今後介護業界にどういうことが起こるのかは常に考えていきたいと思います。
過去に融資がたくさん行われた時代に学ぶと、いろいろな予想ができますね。

それにしても金融政策の影響力はとても大きい。
日銀が、さらに金融機関が、水門を開けるようにお金を流し始めると、いろいろなところに建物が建って人が集まるというのを目の当たりにして、お金の流し方、流れ方で社会が変わっていくのだと、介護業界を見ていて感じています。

お金の流れと社会状況との関係について1
ここ最近感じていることの一つに金融政策が自分たちの身の回りにけっこうな影響を及ぼすものなんだなというのを実感してまして、そこらへんをまとめてみました。


震災以降、福島市や郡山市、いわき市等福島県内の(アパートやマンション等収益物件の)不動産市場が上昇しているか、下落しているかと問われれば、どちらだと答えるでしょうか。

実際はかなり活況を呈しており、不動産価格もかなり上昇しているようです。

なぜ原発の問題を抱える福島県内においてこのようなことが起こるのかといえば、すぐに思いつくのが復興需要だと思います。今後復興需要に加え、原発の処理のために相当なお金と人が集まることを見越しているのでしょう。そしてもまた同じ理由にて、仙台市内の不動産価格も上昇しているとのこと。
昨日(2012年1月8日付)の日経新聞一面の「ゼネコン東北に人材集中」とありますが、まさにこうしたことを見越してのことですね。さらに復興需要のことは「週刊東洋経済」2011年12月3日号でも“うごめくゼネコン 復興バブルの足音”でも詳しく書いてあります。

このような不動産価格の上昇には復興需要があるということと、もう一つ大きな理由があると思っています。
それは金融機関の不動産に対する融資姿勢の変化です。
これには日銀の金融政策も強く影響しているのでしょう。日銀は2010年6月より景気対策として「成長基盤強化を支援するために資金供給」を行っていましたが、震災後の2011年6月にも新たな貸付枠の設定を行っています。

日本銀行:「成長基盤強化を支援するための資金供給」
http://www.boj.or.jp/mopo/measures/mkt_ope/len_b/index.htm/

実際取引させていただいている仙台に支店があるメガバングの担当者に聞いてみても、融資に対してかなり積極的になっているのがビシビシ伝わってきました(その担当者には実際に物件をご紹介いただくなど、けっこう本気な対応で驚きました。ですが償却も終わっているような物件でした・・・)。融資姿勢の積極化→借り入れが容易となる→借りられる裾野が広がっていることを実感しました(自分にまで声がかかるくらい)。
復興需要という裏づけからの空室率の低下が見込まれ、さらに金融政策という裏づけから金融機関の融資姿勢の積極化となれば、売り主も強気になって価格が上昇しないわけはないですね。

ちなみに不動産価格が上昇しているなら(利回り低下)今は買い時ではないのかというとそうでもなく、価格が上がるということは融資も積極的ということでもあり、それほど属性は高くないけどチャレンジしたい人にとってはチャンスなのでしょう。もちろん不動産価格が下落している(利回り上昇)ときに買うのがよいのでしょうですが、下落している状況では融資にも消極的という側面があり、しっかりとした資産と属性がないと厳しいでしょう。
もちろんキャッシュがあれば上記のことは全然関係ないですが。

そういう意味では不動産市場と融資姿勢の相関関係はかなり密といえるのでないかと思います。
そしてこの金融機関の融資姿勢の変化は不動産に限らず様々な業界にも影響を及ぼします。
その影響が顕著に出ている例が身近であるので、明日そのことについて書いていきたいと思います。

余談ですが、
国分町のにぎわい・仙台三越に向かう車の列、ホテルの超強気な価格設定
好景気・好況というものに対する実感が全くない世代としては、今の仙台市内の状況を見ていくことはとても勉強になるんじゃないかと思います。2年前の仙台市内とのコントラストがとてもくっきりしていておもしろいです。「好景気ってこんな感じなんだな」と。
そしてなぜこのような状況になるのかを「復興需要があるからあたりまえ」というのではなく、国の政策(特に予算)や日銀の金融政策などがどのように関連してくるかも含めて考える必要があるのではないかと思っています。
さらにいえばニュースや紙面上に出てくる様々な政策や方針などが発表された段階で、私たちの業界や会社、身の回りにどのように影響してくるかをざっくりとでも想像できるようになっていないとなぁとも思っています。
それには日ごろのチェックと勉強が重要ですね。がんばりたいと思います。
プロの目線
とても尊敬している友人がいる。2000年頃、二十歳くらいのときの話。
彼とは都内で学生時代にやっていたバイト先で知り合った。
同い年ということもありとても仲良くなった。

ドラムをやっていて、「俺はドラムでメシを食う」と宣言していた。
実際その姿勢はとても真摯で真剣だった。
「ドラムでメシを食う」という夢見る少年的な言葉を、現実的にどう実現していくかということをしっかり考えていた。
バイトはドラムをやるための糧になればよく、ドラムの練習やライブ活動がおろそかにはしたくないといい、普段の練習以外にもスクールにライブに忙しそうにしていた。それ以外にも食生活にも気をつかうなどドラム中心の生活を彼なりに作っていた。
ちなみに音楽のジャンルはヘヴィメタル?デスメタル?だったので長い髪のお手入れも欠かしてなかったw

ちょうどその頃エリック・クラプトンのライブがあり、一緒にいくことになった。
彼はクラプトンもいいけど、バックバンドの一人だったスティーヴ・ガットのドラムを生で聴きたいといっていた。
ドラムのことを知らない自分は「誰?」となったが、その世界ではとても有名な人であった(その世界じゃなくても有名らしいですね)。

ライブは最高だった。クラプトンはチェックのシャツに、ジーンズとスニーカーのいつものスタイルでてくてくでてきて、Layra. I shout the sheriff. Cocaineなどを歌ってくれた。

ライブが終わったあと二人で感想を話していると、「俺、感動もしたけど、ちょっといやなとこも見ちゃったな~」と彼は言った。
なんで?と聞くと、
(スティーブ・ガットの演奏が)「クラプトンのときと、バックが歌ってたとき(クラプトンがステージからはけてバックバンドだけで歌うときがあった)で違ってた。手を抜いてるのがわかった。クラプトンがいるときはバンドのグルーヴ感みたいなものを出そうとしていて、(わざとリズムをずらしたり)いろんなことやってて、そのテクニックがすげ~と思ったけど、バックバンドだけになった途端、(淡々と)正確なリズムで叩いてた。もう完璧に。」と言う。

聞いてる自分には全くわからないし、実際にそうだったのかもわからない。
逆に完璧なリズムで叩くのもすごいし、わざとそうしたかもしれないし、むしろそこで演奏し分けることができるのもすごい。
しかし彼はスティーブ・ガットはたしかにすごいが、ライブでそのようなことをやるのは、バンドのメンバーに対してもお客さんに対しても失礼だと思ったようだった。

そしてそれを聞いて私は感動した。
すごい!そんなふうに聞こえるんだ!そんな世界が見えるんだ!と思った。
ある道を突き詰めようとしている人には全く違う風景を見ることができるんだと。

その道の専門家にはその世界でやってきたが故の世界が見えている。悪く言うと玄人眼とか穿った見方といえるかもしれないが、自分もいつかこんなふうに自分の道を歩いて自分しか見えない世界、すなわちプロの目線をもちたいなと思うようになった。

そしてそんな彼も今ではスクールの生徒から講師へとなり、さらに個人レッスンも行っている。
ちゃんと自分が言ったことを彼なりに実現している。
今では滅多に会うこともできなくなってしまったけど、尊敬している。

ちなみに彼は、ライブにバイクでいったのに、忘れ物を電車で取りに戻るという愛すべきキャラクターです。
リンクの許可がでたら、張りたいと思います。

自分のまわりにはすごい人がたくさんいる。
20代で夢を語っていても、それが実現するかしないかはずっと未来のことだと思っていたし、現実を知るとかあきらめちゃう人も多いんだろうとも思っていた。実際多かった。
だけど、あれからけっこうな時間がたって(といっても30代ですけど…)、あきらめなかった人たちの夢が実現したという話をポツポツ聞くことができるようになった。
そのたびにすごいな~やったな~と思うし、励みとなってきた。
そして自分もまだまだあきらめたくないと思う。

そんな友達の話も書いていきたいな。
岩瀬大輔著「ネットで生保を売ろう!」を読んで
ネットで生保を売ろう!ネットで生保を売ろう!
(2011/03/24)
岩瀬 大輔

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76年生まれというと自分より少し年上だがほぼ同世代ですごい人がいるんだなぁと驚きながら読む。
感想をポイントごとに。

・すばらしく読みやすい文章
まず一番最初に感じたことは、なんて平易でわかりやすく読みやすい文章なんだろうということだった。こんな文章を自分も書けるようになりたい。

・信じたことをやりぬこうとする姿勢と自分に対する素直さ正直さ
小さいときから起業したいと思っていたわけでもなく、まして保険業界に携わろうと思っていたわけでもない。さらに家業を継ぐわけでもない。
本人も驚く「え!ホケン?」という状態から様々なご縁を経てネット生保を起業しようとなるのだが、一旦自分はこれになろうと決めたらそこに突き進む姿勢と、様々な人の意見を聞き、自分がどう生きていきたいかという視点から、起業家として生きていくことを決めていく。その自分への素直さ正直さに感動した。
その姿勢と素直さはまわりの人たちにも同様で、こんな素直で愛嬌のある方であれば、いろんな方が喜んで味方になってくれるだろうなと思わせる人。

・開業までのひたすら地味な作業の積み重ね
ネット生保を起業しようと決めてから、会社の登記、出資を募る、金融庁の審査、人材募集とその工程はひたすら地味な作業の積み重ねであった。これは現在新しい事業所を立ち上げようとしている自分の状況と重なった。開設に至るまでの道のりはほんとに一つ一つの地味な作業を積み重ねていくしかない。
今私が取り組んでいる新事業所の開設も、収支計画、資金計画、所管庁との打ち合わせ、場所の選定、住民への説明会と同意、コンセプト、マネジャーの選任、設計、工事発注、施工管理、細かい仕様の選定、備品選定と発注、コンセプトを具現化するキーの策定、さらにそれらを支えるオペレーションの構築、人材募集、採用活動、広告、プレゼンなど広報活動、さらに所管庁からの認可を得る等これらのことを次から次へとこなしていかなければならない。しかも時々信じられないトラブルに見舞われるわ、「もし失敗したらどうしよう」となんともいえない不安感に襲われる(新事業所の立ち上げの話はまたいつかまとめたいな)。無から有を作るとはそうしたプレッシャーのなかで地味な作業をコツコツと積み重ねていくことなんだなと改めて感じた。今のタイミングで読んでおいてよかった。

・役所との交渉
保険会社の所管である金融庁との審査場面は、私のなかで猛烈な共感の嵐であった。「そうなんだ!金融庁でもこんな感じなんだ」というのがわかってとてつもなくホッとする。いろんな意味があります・・・。

・そのアナログな立ち上げの日々
開業後、契約数が伸びない状況のなかで様々な手を打つのだが、その施策はとてもアナログなものであった。広告代理店へ依頼しても、マーケティングの専門社員がいても、やってみて初めてわかることも多いのだなということがわかった。
やってみて結果が出て始めて、それがなぜだめだったのかという理由はわかるが、ある意図をもってやろうとしている段階ではそれに気づかないということなんだろう。
しかし、その契約増につながるまたはつながらなかった結果の分析、なぜそれをやるべきか、やってみようとするのかという根拠(というかストーリー)、さらに現在の広告事情などはとても分かりやすく説得力があり、なるほどなと感心する。大変勉強になりました。
「広告宣伝費用をあまりかけずに世の中で認知度を高めていかなければならないというライフネット生命の立ち位置」とは大企業以外の、ほぼすべて会社にいえることだろうと思う。参考になります。

その他印象に残っている文章
「非効率が温存されている業界は、イノベーションを通じて大きな価値を生む可能性を秘めている」
あの業界か、この業界もかなといろいろ想像が膨らんだ。
「できたものを批評するのは簡単だが、いざ自分たちでゼロから作ろうとするとなかなか容易ではないのだ」
評論するのは簡単ですね。評論家多いですね。

調べると現在ライフネット生命の契約者数は10万件突破とあった。
ということはまだまだ黒字化してないんだな。すごいな。今も猛烈にダッシュし続けてるんだな。ほぼ同世代でこんな方がいることが励みとなった。
そして自分も
“Tell me, what is your plan to do with your one wild and precious life?”
を常に意識しよう!

年頭所感
仕事始めということもあり、社員たちを前に話すための原稿です。


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

昨年は震災を始めとして全く予期しないことが多くありました。
そのたびになんとか乗り越えてこれたのも社員の皆さんのおかげだと思っております。
本当にありがとうございました。
そして今日から新たに6名の仲間が加わることになりました。心から歓迎したいと思います。

これで新たな仲間が20名ほど増えることになります。そしていよいよ来月には新施設がオープンします。
この一年間○○さんを始めとして大変な準備に取り組んでもらいました。本当にお疲れ様でした。
しかしそれはようやくスタートラインに立てるだけのこと、ご利用いただき満足していただいてこそゴールとなります。しかもそのプロセスを毎日毎日積み重ねていかなければなりません。がんばりましょう
新施設担当となった方は、来月の開設にむけて様々な研修があります。新施設はこちらとは根本的にオペレーションが変わりますので、しっかりと研修するようにお願いします。それがうまくいけば今後逆にこちらの本体のほうへそうしたやり方を移植することも考えています。

さて、今年は以前から申し上げてきた私たちの業界を取り巻く環境の変化が目に見える形で起こり始める年となるでしょう。
マクロでいえば今年は○○の年でもあります。
先日発表された内容を精査すると、その中身は私たちに大変厳しいものとなります。
さらに市内や隣町での昨年から今年後半にかけての建設ラッシュで150床以上ベッド数が増えることになります。需給は一気に供給過剰に陥ることとなるでしょう。

こうした外部環境の変化で私たちの業界でどういうことが起きるのか。
端的にいえばニーズが変わるということです。すなわち我々事業者側に対する期待値がこれまで以上に高まるということです。
これまでやってきたやり方では、もしかしてご利用いただけなくなるかもしれません。

しかし、供給過剰といっても需要が消えるわけではありません。私たちを選んでいただければよいのです。そのためにも今一度私たちがやっていることを見直しましょう。お客様の立場に立って考え、新たな試みをどんどん実行していきましょう。自己満足に陥ることなく、お客様が喜んでいただけるものを創造していきましょう。

そのためにもこれからも変わり続けましょう。組織もオペレーションもサービス内容も決まりきった形があるわけではありません。ニーズの変化にすばやく適応していきましょう。変わることはストレスを伴うことでもあります。しかし変わらなければ、私たちを選んでいただけません。生き残れません。

おそらく、これからはそうしたニーズの変化に適応していく組織と全くできない組織の差、優勝劣敗がこれまで以上に明確となるでしょう。

今後順次、外部環境の変化に備えた布石を打ちます。
まず組織体制を見直します。以下:具体的な施策をいくつか


うーむ・・・こんな原稿をもっていったのに、いざ話すと違う方向に進んでしまった・・・。
まだまだ場数が足りません。プレゼンうまくなりたいなぁ。
仕事に対する姿勢を学んだバイト時代の所長
仕事する上で、自分がとても影響を受けた方がいる。
その方とは、年に数回しか会えないが、今でも上京すると時間をとってくださりご飯に行ったり(うれしいことに「友人として」と言ってくださる)とずっと交流は続いている。

学生時代の私は山手線駅そばのレンタカーの営業所でアルバイトをしていた。
当時(たしか99年~2000年頃)そのレンタカー会社の親会社が、多額の有利子負債を抱えて外資から出資を受け事実上傘下になった時期だった。
そんな状況だったため、私がバイトし始めたときは社員が二人いた営業所も、年度が変わると社員は一人となり、その社員が休んでいる間はアルバイトのみで対応する体制となった(何かあればまわりの社員がいる営業所がフォローした)。もちろんその営業所単体の売り上げも予算に対して全く届いてなかった。私も月次で送られてくる各営業所の売上進捗表をみたが、ひどいときは50%というときもあるほど、散々であった。営業部全体としてもそんな状態であったと記憶している。そしてその二人いた社員は(会議ではいろいろ言われてたらしいが)特に何かしようということもなく、景気が悪いからしょうがないとか、車が売れないのに借りる人はいない、この地域はビジネス客がメインなどと話していた。私自身もバイトということもあり、さらにその二人も〝いい人〟であったため、特に売上のことなどあまり気にかけてなかった。楽しいアルバイトであった。

そんななかその所長は二人いた社員と入れ替わりとなって営業所に来た。
後から聞いたが初めて「所長」として異動してきたとのこと。
その方が来てから営業所が一変した。(以下箇条書きで)

・営業所がきれいになった
外の洗車道具や雑巾をしっかり整理するようになった。そして営業所のレイアウトが大きく変わった。それまでバックヤードのデスクの左右に書類が山積みとなっていて、お客さんから丸見えだったものが片付けられ、キャビネットに乱雑に置かれていた書類も含めすべてファイルごとに整頓するようになった。誰でも一度教えてもらえれば何がどこにあるかがすぐにわかるようになった。

・オペレーションが効率的になった~時間と手間のコストも意識する
当時営業所から車で5秒のところにスタンドがあったが、会社指定のメーカーではなかったため使えず、車で往復10分くらいかかるところまで給油しにいっていた。私たちも特に疑問をもっていなかったが、その所長はまず自分の会社に掛け合い許可がでると自分で契約しにいっていた。これでもし満タンでない車があってもお客さんを待たせず、さらに私たちも給油で不在となる時間を減らすことができた。それ以外にも「うわぁ!楽になった」ということがたくさんある。それまでのやり方・常識は非常識となった。素直にこれってこうしたほうがいいんじゃない?と言えるようになった。

・バイトの意識が変わった
それまで社員が二人いれば必ずどちらかがいたが、今後はそれができないためアルバイトが社員業務を代行しなければいけなくなった。バイトの仕事はそれまで回送、洗車、ちょっとした接客くらいだったものが、お客さんの手続きや回送指示、損保会社との交渉、回送先お客さんとの調整、他営業所との配車の調整など一気に増えた。
そういう状況のなかその所長は「こうやれ」「こうしろ」という指示はほとんど出さなかった。業務のことを教えてくれれば、あとは「お前の電話の話し方いいね」「回送早いね~」「今日のあれはすばらしい対応だった」などほめられてばかりだった(もちろんやるべきことがやられてないとものすごく怒られたけど)。ある日所長が営業にいくため、私は留守番を頼まれた。初めての留守番で不安になっていると「問い合わせの電話が来たらお前に任せる、金額も自由に決めていい」と言い、それでも不安に思っていると「火事を出さない以外何をやってもいい。何かあっても俺が全部責任をもつから。いいか、営業所を燃やすな。それだけでいい。」と言われ、実際その言葉通りだった。

所長はこうした変化を粛々だが着実に実行していった。
人は現状に対する不満を語るが、いざ変えようとするとまた不満を語る。私たちも最初はその変化にブツブツ言い、ついていくのがやっとだったが、言行一致したその姿勢に次第に信頼感が生まれていった。
私たちバイトは仕事が楽しくなった。自分たちの営業所だという意識もあった。
問い合わせの電話がかかってくれば、プッと鳴った瞬間バイト同士競うように受話器をとって、必ず予約に結び付けようとした。希望の車がなくても代わりの提案をして絶対予約をとろうとした。

結果その営業所はどうなったか。
売上は予算を大幅に超過する。しかも安定的に超過するようになった。所長が変わって3ヶ月ほど経つと一気に売上が伸びていくからみんなビックリしていた(妬みもあった)。私たちバイトは売上が上がっても特に時給が増えるわけではないが、とにかく達成していくことがうれしかった。当時はすごいうれしいし忙しいけどなんでこんな好調なんだろう?と自分でも疑問に思うくらいだった。

そこから多くのことを学んだ。
・古い新しい関係なく、きれいじゃないお店に人は寄ってこない(こう聞くとあたりまえの話だが「慣れ」とは恐ろしい)。さらに整理整頓されていれば何がどこにあるかどこに仕舞えばよいか誰でもわかる。逆にいえば誰でもできる。
・人を動かすとはどういうことか、人を動かしたければ自らが率先し、励まし、まかせて、見守り、称賛することがいかに大事か学んだ。指示して命令して怒って強制しても人は動かない。
・外部環境のせいにすることがいかに間違っているかを学んだ。不景気だから、ライバルが多い、時間がとれない、社員の能力が低い、政治がダメ、役所がダメ、そのすべてができない理由にならないことを学んだ。
・「俺が責任をとる。好きにやってみて」という姿勢が、まわりの人間のモチベーションをいかに上げるかを学んだ。
・ある組織のパフォーマンスが、マネジャー(社長)次第でここまで上がったり下がったりすることも学んだ。
・人がその仕事にやりがいをもつのは給料の額ではない、自分たちがいかに必要とされているかを意識でき、自分の価値を自分でも認められたときにその仕事にやりがいをもつのだということを学んだ。

ここで書いたこと以外にもまだまだ学んだことがあるが、こんな経験が現在の仕事に対する姿勢を形作るベースとなっている。もちろん学んだことがすべてできているわけでもないし、当時から今書いたように思っていたわけではないけど。

このことは感謝を込めていつかまとめたかった。長くなってしまったけど書けてよかった。
新しい年の目標設定
毎年、年末年始の間にその年に達成したい目標を考えている。
今年もだいぶギリギリになってしまったが、目標を設定することができた。

ちなみに去年は大きく分けて11項目掲げていたが、ありがたいことにそのほとんどの目標が実現できた。
仕事では「新しい施設を作る」「年間○○円以上のキャッシュフロー(利益ではなく)を」
貯金では「○○円貯める」「さらに機能的な家計の収支計算書を」
運動では「10km走れるようになる」「空手を始める」「体重を75kgまで落とす」
等々そのほとんどが叶った。

目標を書いたものを家のいろんなところに貼っているのだが、書くということそして常に見るということがいかに大切かを実感している。

今年も「仕事・経営」「貯金・投資」「運動・体調管理」「起業・勉強」という4つのセグメントを設定し、それぞれに具体的な目標を掲げてみた。
合わせて30項目近くなってしまったが、その実現にむけて一歩ずつ進んでいきたい。
そのうちの一つに「今年は自分からいろいろなことを発信しよう」という目標を掲げ、このブログもその一環で始めることにしました。

まだまだ何を書こうか試行錯誤してますが、どうかごゆっくりお付き合いください。
ブログを始めてみます
現在秋田県で中小企業を経営している30代前半の男です。
2012年という新しい年になったことですし、ブログを始めてみようと思います。
読んでいただけるようなブログになるか分かりませんが、日々感じたことをいろいろ書いてみたいと思っています。
主なテーマは、会社経営・読書後の感想・投資・運動(ランニングや筋トレ、空手、自転車)・ダイエット・旅行・日々感じたことなどです。




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