日々のこと
感じたり、考えたりしていることを綴ります。
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プロの目線
とても尊敬している友人がいる。2000年頃、二十歳くらいのときの話。
彼とは都内で学生時代にやっていたバイト先で知り合った。
同い年ということもありとても仲良くなった。

ドラムをやっていて、「俺はドラムでメシを食う」と宣言していた。
実際その姿勢はとても真摯で真剣だった。
「ドラムでメシを食う」という夢見る少年的な言葉を、現実的にどう実現していくかということをしっかり考えていた。
バイトはドラムをやるための糧になればよく、ドラムの練習やライブ活動がおろそかにはしたくないといい、普段の練習以外にもスクールにライブに忙しそうにしていた。それ以外にも食生活にも気をつかうなどドラム中心の生活を彼なりに作っていた。
ちなみに音楽のジャンルはヘヴィメタル?デスメタル?だったので長い髪のお手入れも欠かしてなかったw

ちょうどその頃エリック・クラプトンのライブがあり、一緒にいくことになった。
彼はクラプトンもいいけど、バックバンドの一人だったスティーヴ・ガットのドラムを生で聴きたいといっていた。
ドラムのことを知らない自分は「誰?」となったが、その世界ではとても有名な人であった(その世界じゃなくても有名らしいですね)。

ライブは最高だった。クラプトンはチェックのシャツに、ジーンズとスニーカーのいつものスタイルでてくてくでてきて、Layra. I shout the sheriff. Cocaineなどを歌ってくれた。

ライブが終わったあと二人で感想を話していると、「俺、感動もしたけど、ちょっといやなとこも見ちゃったな~」と彼は言った。
なんで?と聞くと、
(スティーブ・ガットの演奏が)「クラプトンのときと、バックが歌ってたとき(クラプトンがステージからはけてバックバンドだけで歌うときがあった)で違ってた。手を抜いてるのがわかった。クラプトンがいるときはバンドのグルーヴ感みたいなものを出そうとしていて、(わざとリズムをずらしたり)いろんなことやってて、そのテクニックがすげ~と思ったけど、バックバンドだけになった途端、(淡々と)正確なリズムで叩いてた。もう完璧に。」と言う。

聞いてる自分には全くわからないし、実際にそうだったのかもわからない。
逆に完璧なリズムで叩くのもすごいし、わざとそうしたかもしれないし、むしろそこで演奏し分けることができるのもすごい。
しかし彼はスティーブ・ガットはたしかにすごいが、ライブでそのようなことをやるのは、バンドのメンバーに対してもお客さんに対しても失礼だと思ったようだった。

そしてそれを聞いて私は感動した。
すごい!そんなふうに聞こえるんだ!そんな世界が見えるんだ!と思った。
ある道を突き詰めようとしている人には全く違う風景を見ることができるんだと。

その道の専門家にはその世界でやってきたが故の世界が見えている。悪く言うと玄人眼とか穿った見方といえるかもしれないが、自分もいつかこんなふうに自分の道を歩いて自分しか見えない世界、すなわちプロの目線をもちたいなと思うようになった。

そしてそんな彼も今ではスクールの生徒から講師へとなり、さらに個人レッスンも行っている。
ちゃんと自分が言ったことを彼なりに実現している。
今では滅多に会うこともできなくなってしまったけど、尊敬している。

ちなみに彼は、ライブにバイクでいったのに、忘れ物を電車で取りに戻るという愛すべきキャラクターです。
リンクの許可がでたら、張りたいと思います。

自分のまわりにはすごい人がたくさんいる。
20代で夢を語っていても、それが実現するかしないかはずっと未来のことだと思っていたし、現実を知るとかあきらめちゃう人も多いんだろうとも思っていた。実際多かった。
だけど、あれからけっこうな時間がたって(といっても30代ですけど…)、あきらめなかった人たちの夢が実現したという話をポツポツ聞くことができるようになった。
そのたびにすごいな~やったな~と思うし、励みとなってきた。
そして自分もまだまだあきらめたくないと思う。

そんな友達の話も書いていきたいな。
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仕事に対する姿勢を学んだバイト時代の所長
仕事する上で、自分がとても影響を受けた方がいる。
その方とは、年に数回しか会えないが、今でも上京すると時間をとってくださりご飯に行ったり(うれしいことに「友人として」と言ってくださる)とずっと交流は続いている。

学生時代の私は山手線駅そばのレンタカーの営業所でアルバイトをしていた。
当時(たしか99年~2000年頃)そのレンタカー会社の親会社が、多額の有利子負債を抱えて外資から出資を受け事実上傘下になった時期だった。
そんな状況だったため、私がバイトし始めたときは社員が二人いた営業所も、年度が変わると社員は一人となり、その社員が休んでいる間はアルバイトのみで対応する体制となった(何かあればまわりの社員がいる営業所がフォローした)。もちろんその営業所単体の売り上げも予算に対して全く届いてなかった。私も月次で送られてくる各営業所の売上進捗表をみたが、ひどいときは50%というときもあるほど、散々であった。営業部全体としてもそんな状態であったと記憶している。そしてその二人いた社員は(会議ではいろいろ言われてたらしいが)特に何かしようということもなく、景気が悪いからしょうがないとか、車が売れないのに借りる人はいない、この地域はビジネス客がメインなどと話していた。私自身もバイトということもあり、さらにその二人も〝いい人〟であったため、特に売上のことなどあまり気にかけてなかった。楽しいアルバイトであった。

そんななかその所長は二人いた社員と入れ替わりとなって営業所に来た。
後から聞いたが初めて「所長」として異動してきたとのこと。
その方が来てから営業所が一変した。(以下箇条書きで)

・営業所がきれいになった
外の洗車道具や雑巾をしっかり整理するようになった。そして営業所のレイアウトが大きく変わった。それまでバックヤードのデスクの左右に書類が山積みとなっていて、お客さんから丸見えだったものが片付けられ、キャビネットに乱雑に置かれていた書類も含めすべてファイルごとに整頓するようになった。誰でも一度教えてもらえれば何がどこにあるかがすぐにわかるようになった。

・オペレーションが効率的になった~時間と手間のコストも意識する
当時営業所から車で5秒のところにスタンドがあったが、会社指定のメーカーではなかったため使えず、車で往復10分くらいかかるところまで給油しにいっていた。私たちも特に疑問をもっていなかったが、その所長はまず自分の会社に掛け合い許可がでると自分で契約しにいっていた。これでもし満タンでない車があってもお客さんを待たせず、さらに私たちも給油で不在となる時間を減らすことができた。それ以外にも「うわぁ!楽になった」ということがたくさんある。それまでのやり方・常識は非常識となった。素直にこれってこうしたほうがいいんじゃない?と言えるようになった。

・バイトの意識が変わった
それまで社員が二人いれば必ずどちらかがいたが、今後はそれができないためアルバイトが社員業務を代行しなければいけなくなった。バイトの仕事はそれまで回送、洗車、ちょっとした接客くらいだったものが、お客さんの手続きや回送指示、損保会社との交渉、回送先お客さんとの調整、他営業所との配車の調整など一気に増えた。
そういう状況のなかその所長は「こうやれ」「こうしろ」という指示はほとんど出さなかった。業務のことを教えてくれれば、あとは「お前の電話の話し方いいね」「回送早いね~」「今日のあれはすばらしい対応だった」などほめられてばかりだった(もちろんやるべきことがやられてないとものすごく怒られたけど)。ある日所長が営業にいくため、私は留守番を頼まれた。初めての留守番で不安になっていると「問い合わせの電話が来たらお前に任せる、金額も自由に決めていい」と言い、それでも不安に思っていると「火事を出さない以外何をやってもいい。何かあっても俺が全部責任をもつから。いいか、営業所を燃やすな。それだけでいい。」と言われ、実際その言葉通りだった。

所長はこうした変化を粛々だが着実に実行していった。
人は現状に対する不満を語るが、いざ変えようとするとまた不満を語る。私たちも最初はその変化にブツブツ言い、ついていくのがやっとだったが、言行一致したその姿勢に次第に信頼感が生まれていった。
私たちバイトは仕事が楽しくなった。自分たちの営業所だという意識もあった。
問い合わせの電話がかかってくれば、プッと鳴った瞬間バイト同士競うように受話器をとって、必ず予約に結び付けようとした。希望の車がなくても代わりの提案をして絶対予約をとろうとした。

結果その営業所はどうなったか。
売上は予算を大幅に超過する。しかも安定的に超過するようになった。所長が変わって3ヶ月ほど経つと一気に売上が伸びていくからみんなビックリしていた(妬みもあった)。私たちバイトは売上が上がっても特に時給が増えるわけではないが、とにかく達成していくことがうれしかった。当時はすごいうれしいし忙しいけどなんでこんな好調なんだろう?と自分でも疑問に思うくらいだった。

そこから多くのことを学んだ。
・古い新しい関係なく、きれいじゃないお店に人は寄ってこない(こう聞くとあたりまえの話だが「慣れ」とは恐ろしい)。さらに整理整頓されていれば何がどこにあるかどこに仕舞えばよいか誰でもわかる。逆にいえば誰でもできる。
・人を動かすとはどういうことか、人を動かしたければ自らが率先し、励まし、まかせて、見守り、称賛することがいかに大事か学んだ。指示して命令して怒って強制しても人は動かない。
・外部環境のせいにすることがいかに間違っているかを学んだ。不景気だから、ライバルが多い、時間がとれない、社員の能力が低い、政治がダメ、役所がダメ、そのすべてができない理由にならないことを学んだ。
・「俺が責任をとる。好きにやってみて」という姿勢が、まわりの人間のモチベーションをいかに上げるかを学んだ。
・ある組織のパフォーマンスが、マネジャー(社長)次第でここまで上がったり下がったりすることも学んだ。
・人がその仕事にやりがいをもつのは給料の額ではない、自分たちがいかに必要とされているかを意識でき、自分の価値を自分でも認められたときにその仕事にやりがいをもつのだということを学んだ。

ここで書いたこと以外にもまだまだ学んだことがあるが、こんな経験が現在の仕事に対する姿勢を形作るベースとなっている。もちろん学んだことがすべてできているわけでもないし、当時から今書いたように思っていたわけではないけど。

このことは感謝を込めていつかまとめたかった。長くなってしまったけど書けてよかった。




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